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夢のたまご売り

しんしんと雪がふりつもる森の中を、黒いコートを着たおとこの人が、歩いています。

ザクッザクッザクッ、きこえてくるのは、雪をふみつける足音だけ。

どれだけ歩いていたのでしょうか、おとこの人のコートには、うっすらと、雪がつもっています。

やがて、おとこの人は、葉をおとした大きなカエデの木の下で、立ちどまりました。
そして、もっていた古くて大きな革のカバンを肩からおろし、その中から四角い板をとりだしたのです。

そう、ちょうどハンカチぐらいの大きさのね。

おとこの人が、板の両はしをもつと、この板はパタンと開いて、倍の大きさになりました。

不思議なことに小さな板は、それからもパタンパタンと開きつづけ、ちょうど子どもの机ぐらいの大きさになったのです。

つぎに、おとこの人は、四本の棒をとりだして、これを板の四すみにあいたまるい穴にさしこみました。すると、ほんとうに机ができあがりました。
 
こんどは、カバンの中から大きな布をとりだし、机にふわっとかけました。布はとてもきれいなみどり色をしていたので、机は、雪の上にうかぶ小さな原っぱのようでした。

このみどり色の布の上に、小さな白いたまごをたったひとつだけおくと、おとこの人は、ぱちんとカバンをとじました。
そしてそのあとは、だれかをまっているかのように、じっとその場に立ちつづけていたのです。

シャリッ、シャリッ。なにかきこえてきます。

シャリッ、シャリッ、小さな足音をたてて、ウサギの母さんが、やってきました。

「あなたは、夢のたまごうりですか?」

母さんウサギが、おとこの人にききました。

おとこの人がうなずくと、母さんウサギは

「わたしのぼうやが病気です。どうか、ぼうやが元気になる夢をください」

と、おねがいしたのです。

それをきくと、おとこの人は、またカバンをあけて、中から先がとても細い絵ふでと十二色の絵の具、そしてパレットをとりだしました。

「長くてさむい冬には、春の風が一番のクスリですよ」

おとこの人はそういって、小さなたまごに、みどりの草原の絵をかいたのです。

「さあ、できた。このたまごをだいてねむれば、明日の朝には、ぼうやは、元気になりますよ」

「ああ、ありがとうございます。ありがとうございます」

母さんウサギは、なんどもお礼をいったあとに、心配そうな声でききました。

「あの・・そのたまごはおいくらですか?」

「いえいえ、お金はいりません。ぼうやの夢を、ほんの少しわけてもらうだけでいいんですよ」

これをきくと、母さんウサギは、もう一度お礼をいってから、小さなたまごをそっとかかえてかえっていきました。

母さんウサギのすがたが見えなくなると、おとこの人は、絵ふでとパレット、そして机をまたカバンの中に入れました。
それから森の出口に向かって歩きだしました。

その日の夜、小さなたまごをだいたウサギのぼうやは、春の野原の夢をみました。

あたたかな春風といっしょに、ウサギのぼうやが、ぴょんぴょんととびはねています。  
野原いちめん、花のあまいかおりがたちこめています。蜜をあつめるミツバチがいそがしそうにとびまわる野原のかたすみで、シロツメ草の白い花をつんでいる人がいました。
それは、あのたまごうりのおとこの人だったのです。

よく朝、熱もさがり、すっかり元気になったうさぎのぼうやのうでの中には、もうたまごはありませんでした。
たまごのほんの小さなかけらさえものこっておらず、まるですぅーとどこかに消えてしまったかのようでした。
  
空までとどきそうな大きなビルがたちならぶ都会の中を、黒いコートをきたおとこの人が歩いています。

車の音、人の話し声、店の中からきこえてくる音楽、あふれている音たち。

おとこの人は、ビルとビルの間にある細いすきまにくると、もっていた古い革のかばんをおろしました。

それから、中から四角い板をとりだし、森の中のときと同じように机を作り、みどり色の布もかけました。
そしてその上に、ウサギにわたしたたまごよりもう少し大きな白いたまごを、たったひとつだけおいたのです。

忙しそうに歩いている人たちは、だれもおとこの人に気がつきません。

たくさんの人がとおりすぎていく中で、とても悲しそうな顔をしたおんなの人だけが、机の前でたちどまりました。そして、白いたまごをじっと見てききました。

「あなたは、夢のたまごうりですか?」

おとこの人がうなずくと、悲しそうな顔をしたおんなの人は

「わたしはとても悲しくて、もう何日もねむれません。どうか悲しみをすべて忘れる夢をください」

と、おねがいしたのです。

「どんなたまごをつかっても、悲しみをすべて忘れることはできないのです。ただ心地良い夢をみて、ぐっすりとねむれば、また一歩さきにすすむ気もちがうまれますよ」

悲しそうな顔をしたおんなの人は、ほーっと長いためいきをついてからいいました。

「ぐっすりねむればいいのですね?だったら、わたしに心地良い夢をください」

「それには、波の音に耳をかたむけながら、潮風をむねいっぱい吸いこむ夢が一番ですよ」

そういっておとこの人は、カバンをあけて、細い絵ふでと絵の具とパレットをとりだしました。
そして、たまごに青い海の絵をかいたのです。

「さあできた。このたまごをだいてねむれば、明日の朝は気もちよく目ざめますよ」

「ああ、ありがとうございます。あの・・これたまごの代金です」

悲しそうな顔をしたおんなの人は、ハンドバックから、お金をだしました。

「いえいえお金はいりません。あなたの夢をほんの少しわけてもらうだけでいいんですよ」

これをきくと、悲しそうな顔をしたおんなの人は、あたまを下げてから、そっとたまごをだいてかえっていきました。

そのすがたが見えなくなると、おとこの人は、カバンの中に机や絵の具をしまって、町をでていったのです。

その日の夜、たまごをだいたおんなの人は、白い砂浜に波がうちよせる海の夢をみました。 

夢の中で、おんなの人は、両手を広げてなんども大きく深呼吸しました。

キラキラと光る海の上を、カモメが気もちよさそうにとんでいます。ヤドカリがちょこちょこと歩いている砂浜のかたすみで、貝がらをひろっている人がいました。
それは、あのたまごうりのおとこの人だったのです。

よく朝、おんなの人は、ぐっすりねむり、気もちよく目ざめましたが、そのうでの中には、たまごはありませんでした。
やっぱり、小さなかけらさえものこさず、消えてしまっていたのです。
  
おとこの人は、暗くてさむい部屋に住むおじいさんに、パチパチ音をたてながら燃える薪ストーブの絵をかいてあげました。すると、おじいさんは、こころも体もあたたまる夢をみたのです。

飛ぶのをこわがるひな鳥には、空高くまいあがる凧の絵をかいてあげました。すると、ひな鳥は、凧といっしょに風にのって、高い山を吹きぬけている夢をみたのです。

おとこの人は、世界中で夢のたまごうりをしていました。そして、たくさんの夢のかたすみで、海のしずくや山に咲く青い花、そのほかにもたくさんの物を集めていたのです。
  
丘の上にたつ小さな家をめざして、黒いコートをきたおとこの人が、歩いています。

おとこの人が、小さな家の前につくと

「おかえり、おとうさん」

と、おとこの子が、ドアをあけました。

「ただいま」

おとこの人が、いいました。

「おとうさん、夢、集まった?」

おとこの子は、車イスでおとこの人のまわりを、くるくると回っています。

「ああ、集まったよ。それも、とびっきりすてきな夢がね」

おとこの人は、古い革のカバンをあけて、中から白いたまごをとりだしました。

そのたまごは、うさぎの母さんや、悲しい顔をしたおんなの人、それにおじいさんやひな鳥にわたしたどのたまごよりも、ずっと大きいものでした。

「わぁ、すごい」

おとこの子は、大よろこびです。

「ねえおとうさん、今度の旅はどこに行ったの?」

「夢のたまごをまっている人は、いろんなところにいたんだ。だから、とうさんは、見あげるほど大きな木がたくさん生えている深い森や、音があふれている都会、それに白い雪におおわれた岩山にも行ったよ」

「そこで、たまごは、たくさんの夢を見たんだよね?」

「ああ、そうだよ」

おとこの人が答えると、おとこの子は

「ぼくも、おとうさんのお手伝いをしたいなぁ」

といって、細い足を、くやしそうに見つめました。

「おやおや、この子は、なんて顔をしてるんだろうねぇ。
いいかい、きみのみる夢は、とうさんがわたす夢のたまごのかけらになっているんだぞ。だから、旅に出なくても、きみはいつもお手伝いをしているんだよ」

こういっておとこの人は、おとこの子にたまごをわたしました。

「きみはとうさんと同じ幸せな夢のたまごうりだからね。わかったかい?」

おとこの子は、うれしそうにうなずきました。

「さあ、大事な助手くん、すてきな夢をみて、とうさんのお手伝いをしておくれ」

その夜、おとこの子は、大きなたまごをそっとだいてねむりにつきました。 
  
夢の中でおとこの子は、はだしで野原をかけています。その野原のかたすみでは、おとこの人が、鳥かごをもって立っていました。
おとこの人が、かごのとびらを開けると、その中から白い鳥が飛びたって、野原に咲く色とりどりの花をついばみ始めました。

つぎにおとこの子が、波がうちよせる砂浜で大きな砂のお城を作っていると、白い鳥は、波の泡をたべていました。
夢の中で、おとこの子は、高い山の頂からヤッホーとさけんだり、ヨットにのってイルカと競走したりして、世界中を旅していました。
そして、白い鳥も、おとこの子といっしょに旅をしながら、山のてっぺんにひっかかったふわふわの雲を食べたり、潮のかおりをすいこんだりしていたのです。

おとこの子は、何日も何日もねむりつづけました。
そして、一週間たって、ようやく目をさましたのですが、そのときには、あの大きなたまごは、消えてしまっていました。

そのかわり、いろいろな大きさのたまごが、おとこの子のまわりに、いくつもあったのです。

「とうさん、ぼく、夢をいっぱい見たよ」

「ああ、そうだね。きみの夢が楽しかったから、ほら、夢見鳥が、こんなにたくさんのたまごを生んでくれたよ。これで、とうさんは、また、旅にでられる」

おとこの人は、さくらの花びらのようなうすくてやわらかな紙に、たまごを一つずつつつんでいきました。
そして、これを、古い革のカバンの中にいれたのです。

「とうさん、もう出かけるの?」

おとこの子が、さびしそうにきくと、おとこの人は、窓をあけて、両耳に手をあてました。

「耳をすませてごらん。南の島で、ちいさなおんなの子が、泣いている声がきこえるだろ?」

おとこの子も、おとこの人と同じように、耳に手をあててみました。

「北の方から、白クマの悲しそうな声がきこえる。それに、なんどもためいきをついてるおばあさんの声も。みんな、とうさんが来るのをまってるんだね」

こういってから、おとこの子は、古い革のカバンをみつめました。

「ねえ、とうさん、はやくたまごをわたしてあげて」 
 
これをきくと、おとこの人は、にっこりわらってうなずきました。

「こんどはどんな夢があつまるのか、楽しみにまっていておくれ」

おとこの人は、古い革のカバンの中に、絵ふでとパレット、新しい絵の具と小さな板をいれました。そして、黒いコートをきて、また旅をはじめたのでした。


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