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 海は ともだち


ゴォー、ザザザァー。西の山から、風がやってきた。

 

一本杉のてっぺんにとまっていたカラスがおおごえで

 

「たいへんだー、いじわる風がやってくるぞー」

 

とさけぶと、野原の生きものたちが、あわてだした。

 


穴にかくれる虫たち。とばされないようにふんばる葉っぱたち。

 

ゴォー、いじわる風がうなる。

 

「ワーッハッハ。どうだ、すごいだろ?おれは、世界一つよい風だぞ」

 

みどりの葉が宙をまい、小さな虫たちがとばされ、きずついていく。

 

いじわる風は、いつもひとりぼっち。どこにいってもきらわれものだ。

「ともだちなんかいらない。おれは、ひとりでいるのが好きなんだ」

ある日のこと、走りつかれたいじわる風が、小さなくぼちで休んでいた。



「風さん、風さん」

どこからか、声がきこえてきた。

「おれをよぶのは、だれだ?」

カエデのほそい枝さきで、小さな葉っぱが、ゆれている。

「風さんは、どこからきたの?」

小さな葉っぱが、きいた。

「むこうの山から」

「風さんは、どこにいくの?」

「あっちの海に」

おしゃべりなんてめんどくさい、ひとりがいいんだ。
いじわる風は、また走り出した。

「まって、ぼくもつれていって」

小さな葉っぱは、枝からはなれ、さーっと風にのった。

いじわる風は、葉っぱをふりおとそうと、うなり声をあげながら、山を、丘をふきぬけていった。
けれども、小さな葉っぱは、くるくるとまいながら、どこまでいっしょについていった。

ゴォー、ヒュゥー。


走りつづけたいじわる風と小さな葉っぱが、海にたどりついた。

「これが、ツバメさんが話していた海なんだね」

小さな葉っぱは、じっと海を見ている。

「ねぇ風さん、海ってなんて青いんだろう。
 あんなに青いのは、空と友達だからかな?ほら、海が、ザブンザブーンっ  
 てお話してるよ」

いじわる風も、そっと海を見つめてみた。

うなり声をあげて走りつづけていたいじわる風は、ゆっくりと海を見たこ  となんてなかった。


青い海が、きらきらっと光った。まるで、いじわる風に、わらいかけているようだ。

「海がわらった?」

いじわる風がおどろくと、小さな葉っぱがいった。

「きっと、風さんにわらってくれたんだよ」

いままで、いじわる風にわらいかけてくれるものなど、だれもいなかった。

けれども、海はちがった。

「おれに?どうして?」

「海は、みんなのともだちだって、ツバメさんがいってたよ」

「おれもともだちなのか?」

「もちろんさ」


これをきくと、いじわる風の中に、ぽっとあたたかいものがわいてきた。

きらり、青い海が、また光り、ぽっぽっと、あたたかなものが、広がっていく。

「おい葉っぱ、おれ、なんだかおかしい。お日さまが入ったみたいにあったかいんだ」

「それ、うれしいときになるんだよ。風さんは、海がともだちになってくれて、うれしいんだね」

ぽっぽっぽっ、ほらまただ。これって、なんだか気持ちいいと、いじわる風はおもった。

「今まで、うれしことがあるなんて知らなかった。なぁ葉っぱ、おれ、もっとともだちがほしい」

それからいじわる風は、小さな葉っぱといっしょに旅をした。

空を見たり、おしゃべりしたり、じっと森の声をきいたりする。

すると、うれしい気持ちがふえていき、いろんなものがともだちになった。


いじわる風は、小さな葉っぱと、いつまでもいっしょにいたいとおもっていた。

けれども、小さな葉っぱは、だんだんと元気がなくなってきた。

つやつやだった緑色の顔は茶色くなり、穴がいくつもあいている。

いじわる風は、しんぱいになった。

「おい葉っぱ、おまえ、どうしたんだ?」

「あのね、ぼく、もうすぐ風さんとおわかれなの」

いじわる風は、おどろいた。

「おわかれ?おまえ、どこに行くんだ?」

「ぼくは、土にかえるんだよ」

「土に?どうして?」

「ほら、見て。ぼく、カサカサになったでしょ。これはね、もう土にもどるときですよっていう知らせなんだ。でもぼくだけじゃないよ、花も木も虫たちだって、みんな知らせをもらって、さいごは土にかえるんだ」

「おまえがいなくなったら、おれはまたひとりぼっちだ」

いじわる風の中をてらしていたお日さまが、きえそうだ。

「ひとりぼっちじゃないよ。風さんは、もうたくさんのともだちがいるじゃないか。それに、ぼく、土にかえっても、また生まれかわってかえってくるよ」

「それは、いつだ?」

「いつかわからない。それにこんどは、なにになるのかわからないんだ。
もしかしたら、あまいかおりのするスズランになるのかもしれないし、まっかな実がなるリンゴの木になるのかもしれない」

「それじゃあ、おまえがかえってきても、おれは、わからないじゃないか」

「だいじょうぶだよ。なにになっても、ぼくは、風さんに話しかけるよ。だって、ぼくは風さんが大好きだもの」



いじわる風は、小さな葉っぱをぎゅっとだきしめた。

すると葉っぱは、こなごなになって、ゆっくりと地面に落ちていった。

もう葉っぱは、どこにもいない。

いじわる風は、いつまでも、いつまでも小さな葉っぱが落ちた地面を見ていた。やがて、

「また会おうな」

と、そっとつぶやき、いじわる風は旅にでた。



風は海をわたる、野原をかける。

けれども、今はもういじわる風じゃない。

花たちのあまいかおりをはこぶ、タンポポのふんわり綿毛をとばす。

そして、木の枝をやさしくゆらし、子守歌をうたう。

あちらこちらを旅しながら、風は、小さな葉っぱが生まれかわるのを、楽しみにまっていた。

サワサワサワ。ほら、風がうたっている。

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