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水に映るナルキッサス

●高浜市やきものの里かわら美術館 高原洋一版画展●

今年の年始、高校時代の親友の奥さんから電話をいただいた。それは、その親友が昨年春に亡くなったという連絡だった。小生が昨年末に出した年賀状を見て、奥さんが電話をくれたのだった。一昨年、小生の母親が亡くなったことから、昨年は小生が母親の卜報を出すことなく、ただ年賀状を省略したので、今年の小生の年賀状が届くまで、親友の奥さんは小生の存在に気づいていなかったのだ。そのため、奥さんは小生に卜報を出すことができず、小生は親友の死を知らずに年賀状を出してしまったものだった。
小生は親友から奥さんの兄が版画家であることや、娘さんが小生の卒業した美大の後輩であることを聞かされていたのだが、当時は週2回刊の情報誌の制作に携わっていたことから、毎日3時間睡眠で仕事をしていて、プライベートで年賀状を出す余裕はまったく無かった。16年間続けたその仕事を終えて、10年ほどが経ち、ようやく時間の余裕ができたことから、その親友と年賀状のやり取りを始めたのだった。そして、その親友に時間的余裕がある時に、モーターサイクルで大阪在住の親友の家を訪ねて一杯やろうと考えていたのだが、彼も仕事の要職にあり、なかなか時間的な余裕ができず、一緒に呑む時間は持てなかった。そして、そのまま、二人で呑む機会を持つことなく、彼は没してしまったのだった。
小生はその親友に毎年の年賀状で、その前年にツーリングで訪ねて、もっとも印象の深かった情報を知らせていた。奥さんによれば、彼は小生のツーリング体験を羨ましく思っていたとのことで、時間的な余裕ができたら、モーターサイクルの免許を取得するつもりでいたという。奥さんとそんな積もる話をして、この次、奥さんの兄の個展でもあったら、どこであろうと小生が観に行くので、機会があれば会場で会いましょうということになっていた。

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今年の夏、亡くなった親友の奥さんから、愛知県の高浜市やきものの里かわら美術館で開催される兄の版画家高原洋一氏の版画展の入場チケットが届いた。

高浜市やきものの里かわら美術館

高浜市は本刈谷貝塚の存在する刈谷市の南側に隣接している都市で、個人的に「瓦」というと刈谷のイメージを持っていたのだが、現在は高浜市の方が生産量が多いという。
それはともかく、小生は電車に乗るのが嫌なので、モーターサイクルでかわら美術館に行きたかった。
しかし、今年の夏以降、10月に入るまで、愛知県の天気予報は常に雷雨の予報で、確実に晴れる日はなかなか無く、10月に入ってようやく、3日連続晴れの予報が出るようになったので、親友の奥さんと連絡を取り、10月末に展覧会場で会う予定となった。

小生は愛知県人でありながら、高浜市やきものの里かわら美術館の存在をまったく知らなかった。
下記写真はかわら美術館で行われた(最終日は11月6日)「高原洋一 版画展」の2連ポスターだ。

『高原洋一 版画展』ポスター

このポスターの作品を観て版画展だと思う人はいないだろう。
小生もファイン・アートのオブジェ作品なのかと思った。
しかし、上記ポスター左の版画は高原氏が実際にオブジェを制作してそれを撮影し、その写真を版画としてプリントしたもので、「GEOMETRIC NARCISSUS 90・MA」というタイトルの作品だ。
「90・MA」は「1990年MAY制作」の意だろう。
高原氏は「気・水・土・火・時」という5つのエレメントをテーマにして版画を制作している。
左側のポスターの画像は「水」のエレメントに属する版画作品だ。
「GEOMETRIC(幾何学的)」は写真の中の水の中に建てられた竹で組まれたオブジェを指している。
「NARCISSUS(ナルキッサス)」はギリシャ神話に登場する美少年で、その名前が「ナルシシズム」の語源となっている。
ナルキッサスは水面に映る自分の姿に一目惚れしてしまい、その場を離れられなくなり、自身に恋焦がれて死んでしまう。
つまり、竹で組まれたオブジェがナルキッサスということなのだろう。
この版画展はかわら美術館の学芸員の井上あゆこ氏が企画して催されたもので、8月6日〜11月6日に渡って開催された。
つまり4日前に終了しており、現在は『ゴー・トゥ・トラベル ー芸術家たちの旅ー』の展覧会が行われている。
http://www.takahama-kawara-museum.com/exhibition/exhibition.html

ところで、この版画展の企画にともない、展示構成と展示作業をし、下記写真の目録を編集し、目録の巻末に解説文を書いている学芸員の井上あゆこ氏は、その解説文の中で、水のエレメントをテーマにした作品(上記ポスター左の作品)群に対してこう書いている。

しかし、水面に映る姿は、本当に正しい姿 だったのだろうか。作中では竹で構築された幾何学的な造形物は、反転して水面に映っている。違和感 のない風景にみえるが、実は反転しているはずの造形物が、 異なる形状で水面に写し出されている。これらの構図は描かれたものではなく、写真で撮られた場面であり、実際に見えていた錯視による不思議な風景の一つである。「GEOMETRIC NARCISSUS」シリーズは、立体が反転して水面に映し出されている形を見せながら、その錯視に気付いた者に空間を意識させる。設置された造形物、水面に反転して写る姿、地面に映る影の形、それらが同一の個体であることや、実物の形状を正確に認識できているかと問いかけているようだ。

『高原洋一版画展「ELEMENTO+    気・水・土・火・時」』目録P52 文・井上あゆこ

この目録は高原洋一版画展を観に行く前に、高原氏の妹であり、親友の奥さんから送っていただいたものだ。

『高原洋一版画展「ELEMENTO+    気・水・土・火・時」』目録

46ページに渡って紹介されている作品を観て、ほとんどの作品がどうやって制作されたものなのか、まったく、判らなかったのだが、井上あゆこ氏の解説文で、その内容の70%くらいは解った気になれた。
そして、高原氏の実際の作品を見る前に井上氏の解説文の素晴らしさに、すっかり魅了されてしまった。

10月のある週末、名古屋市内から愛車で自動車専用道路になっている国道23号線で知立市(ちりゅうし)に至り、国道419号線に1度折れて南下すると、高浜市やきものの里かわら美術館の脇に到着した。

所要時間は35分だった。
かわら美術館の建物はかつての工場建築の、のこぎり屋根などをモチーフに取り入れた建築物で、入館する前にまずは外観を撮影することにした。

建物の南東の角にある入り口には高さ4m近くありそうな鯱の鬼瓦が対になって置かれていた。

撮影しようとしていると、親友の奥さんが美術館の建物から迎えに出てきてくれた。
ぜひ、小生に会いたいと、東京からやってきた娘さん(実年齢より20才くらい若く見える女性だった)と館内のレストランで昼食を摂っていたというので、ゆっくり食事をしていただいて、その間に私はかわら美術館の中庭の役割もしている、隣の森前公園にも瓦の作品が使用されているので、撮影をして回ることにした。

森前公園 通路壁

この公園には瓦の窯も1基、保存されていた。

森前公園 瓦窯

この窯には焼き上がった瓦を取り出すためのものと思われるスリットが開けてあって、内部も見られるようになっていた。

森前公園 瓦窯内

森前公園内には「森前渡舩場跡」の石碑が保存されていた。

森前公園 森前渡舩場跡碑

現在はこの石碑から渡舩(わたしぶね)を使用した境川(さかいがわ)の川縁まで150mあまり離れているが、かつては、やってきた419号線のこの辺りは境川だったと思われる。

森前公園を後にして

森前公園 装飾瓦

かわら美術館に入館して、1階に常設されている種々の瓦を見終え、2階の高原洋一版画展をゆっくり観ていると、親友の奥さんと娘さんがやって来た。
会話は後にすることにして、高原氏の作品群を観ていると、版画に使用した高原氏の焼いた焼き物を鉄板の上に並べた展示があって、それが不思議だったので、その場にいた会場関係者に質問したところ、その展示の設置をした学芸員の井上あゆこさんを呼んでいただけることになった。
恐縮していると、すごくスタイルが良くて、ナチュラルなヘアーとファッションをした女性が現れた。
どんな知的な猛女が現れるのかと思っていたので、そのギャップに完全にヤラれた。
高原氏の妹親子とその関係者の小生ということを小生が自分で井上氏に紹介しているうちに、実はこの版画展の説明会を井上氏がする時間帯があることが判り、その時間になってしまったので、われわれ3人も、その説明会に参加することになった。
この説明会を目的に入館していた15人あまりの入場者たちと、井上氏の作品解説を聞きながら改めて会場内を巡った。
この時間のなんという豊かだったことか。
解説文を前もって読んでいたのは小生だけだったと思われたので、ほかの見学者のためにも、積極的に井上氏に質問をして、いろいろ教えていただいた。
そして、小生は完全に井上あゆこさんのファンになってしまった。

肝心の高原洋一氏の作品の中で個人的に最も気に入った作品は「水」のエレメントに属する作品だったが、大英博物館の買い上げた作品は以下右ページの日時計を思わせる「A Figure on the Ground」という作品だったと知った。

作品を見終えて親友の家族お二人と瓦美術館内のレストランで閉店過ぎまで談笑した。
家族であるお二人は夫であり父親である親友の高校生時代のことは、もちろん知らないのだが、小生の記憶の中の親友と家族二人の記憶の中の彼に、ほとんどズレは無いようで、改めて人間の基本的な部分はほとんど、変化しないことが再確認できた。

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高原洋一氏の作品に関する話に入る前にレストランの閉店の時間が来てしまい、お二人を森前公園に案内して、この日はお別れした。
親友の自宅は継体天皇の御陵の近所にあるということなので、来年、暖かくなったら、継体天皇の御陵見学を兼ねて、仏壇にお参りに行こうと思っている。

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