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本刈谷貝塚 土偶 FIN:水神と蜆川

愛知県刈谷市の本刈谷貝塚(もとかりやかいづか)から出土した土偶に触発された刈谷市西部を中心としたツアーもこれで一旦終了です。

本刈谷貝塚土偶ヘッダー

伏見町 稲荷神社の社殿の北側には境内神社の秋葉社と複数の祭神を祀った2棟の東南東を向いた覆屋(おおいや)が並んで祀られていた。

1水神/水路

その2棟の覆屋のうち、向かって右側の瓦葺切妻造平入の覆屋の前の立て札には五社の境内神社の社名が列記されていた。
この覆屋の戸には小さな格子窓が付いていて、中を観てみると、奥の棚の上に5社の社(やしろ)が並んで祀られていた。

2御鋤/琴平/天神/津島/水神

上記の写真は露出補正で明るく補正しているので、中央のもっとも大きな社が素木葺素木造の社であると判るが、肉眼ではほとんど、真っ暗で、五社が存在することくらいしか認識できなかった。
露出補正しても水神社はシルエットしか確認できない。
この五社のうち、女神の龍神罔象女神(ミツハノメ)を祀っているのがシルエットしか見えない水神社だった。
琴平社の祭神大物主神は男神の蛇神である。
そして、津島神社の祭神建速須佐之男命(タケハヤスサノオ)は三柱の龍神の性格を持つ宗像三女神(むなかたさんじょしん)の親神である。
この水に関係のある(スサノオ自身も水流との関係が多い)上記三柱の神を祀った覆屋の裏面には、少し旧い地図を見ると、水路が存在していたことが分かる。
そして、稲荷神社の社地そのものが、その水路に沿って設定された社地であったことが解る。

稲荷神社の境内に罔象女神を祀った組み合わせは市原稲荷神社の境内末社丹生川社(にうかわしゃ)と共通している。罔象女神の「ミツハ」は映画『君の名は。』のヒロイン「宮水 三葉」の名として使用されたとみているが、日本神話ではイザナミがカグツチを産んだ時、尿(ゆまり)より化成したのがミツハノメとされている。

つまり、イザナミの娘とみられる。
カグツチがスサノオの別名とする説からすれば、ミツハノメはスサノオの妹ともみられ、イチキシマヒメの叔母に当たる人物ということになる。
罔象女神の「罔(あみ)」は「紗(シャ・うすぎぬ)」の意味が強く、奥ゆかしさを表しているとも取れる。
上記三柱の水流に関わりのある神を祀った社殿の裏面を流れていた水路が現在も暗渠として残っているのか、埋め立てられてしまっているのかを確かめるために、この水路が流れ込んでいる八村川(やむらがわ)への合流点(下記地図内A)を見に向かった。

3伏見町 稲荷神社境内社覆屋〜蜆川

それは直線距離で、稲荷神社の南々西660mあまりの場所にあったが、すでにそこに到達する以前に水路がコンクリート板で蓋をして暗渠化されている様子が確認できた。

5八村川最上流日進町

上記写真が地表に露出している八村川の最北端だが、稲荷神社脇を流れてきた水路は上記写真の橋のように見える欄干のある道路の左手から道路下の端を流れてきていて、暗渠内で合流しているようだ。
つまり、水路は八村川の支流なのだ。
一方、上記写真の欄干の向こう側にあるのは日進小学校で、旧い地図を見ると、八村川の上流はその校庭の地下を抜けて北に向かっている。
八村川には高潮堤防が設けられていないので、突然、街中に出現した水路に思える。
八村川はここから下流260m以内で合流している蜆川(しじみがわ)の支流なので、その合流点(地図内B)もチェックしに行くことにした。

6日進町八村川蜆川

上記合流点Bの写真の左側の水路が八村川、右手の水門のある水路が蜆川。
水門は生活用水の多い八村川の汚水の逆流を防ぐ役割があるのかもしれない。
このあたりでもまだ、高潮堤防が設けられてなく、風景も穏やかだ。
高潮堤防が設けられているのはここから1.4kmあまり下流に設置された逆流を防止する伏見屋樋門(ひもん)以下の蜆川で、そこから河口に向かって以下のように高潮堤防に係留されたレジャーボートの数は増えていく。

7蜆川下流域

河口が見られる最も近い場所は最下流に架かった権現橋の歩道上からだった。

8蜆川河口権現橋

両岸は工場用地として埋め立てられた企業の私有地で、工場関係者以外は衣浦湾(衣浦港)に出ることはできないようになっている。

蜆川の源は愛知県碧南市荒子町(へきなんしあらこちょう)付近に発し、衣浦湾に流れ出ると三河湾に注ぎ、河川延長約 4.8km、流域面積約 6.5kmとされている 。

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本刈谷貝塚の土偶の顔つき、少しは竜に近づいただろうか。


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