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本刈谷貝塚 土偶 11:市杵島神社2

このページでは市杵島神社(いちきしまじんじゃ/愛知県刈谷市高津波町)の杜と、かつて入海だった杜の西側の環境を紹介します。

本刈谷貝塚土偶ヘッダー

高津波町 市杵島神社の現在の社頭は社地の東端に位置し、表参道から境内に入る場所に石鳥居がある。しかし、境内に入ると、境内の南端に南向きの石鳥居があった。現在の表参道の石鳥居とまったく同じ規格の石造八幡鳥居だ。

5高津波町 市杵島神社旧鳥居

鳥居の外側は雑草の生い茂った荒れ地になっており、通路は存在しない。鳥居をくぐって荒れ地側に出てみると、鳥居のすぐ外側には1対の石灯籠。その石灯籠の右手前の広げたコウモリ傘は喫煙する氏子のために杭にくくり付けられ、その下に台付きの灰皿が置いてあった。そこまでしてタバコが吸いたいのかい。
鳥居を通して境内を見ると、正面奥30mあまり先に拝殿が位置している。現在も社地の西側に広がっている水田地帯から、この鳥居に登ってくる参道があった可能性がある。

鳥居をくぐって境内側に戻ると、特に参道は設けられてなく、鳥居と拝殿の間に1対の大きな石灯籠が配置されている。

6高津波町 市杵島神社拝殿

瓦葺切妻造平入の拝殿は木部が焦茶に染められ、戸は大きな升目の格子板戸、窓の戸板は細かな格子板戸がはめられており、その頑健で男性的な印象の格子板戸がこの建物の特徴になっている。拝殿前に傾いた幹を伸ばしている松の巨木もそうだが、境内の雰囲気は全体に男性的で、女神である市杵島姫神が祀られている雰囲気は無く、合祀されている金刀比羅神(コトヒラ/通称:こんぴらさん)の気配が強い。
ここに祀られている金刀比羅神も元は金毘羅権現(こんぴらごんげん)という神仏習合の神であり、総本宮は讃岐国にあった象頭山松尾寺金光院(現・香川県琴平町の金刀比羅宮)だった。
『四国新聞』が金刀比羅宮ゆかりの人々や研究者に執筆を依頼して連載した「金刀比羅宮 美の世界 第38話 金毘羅信仰の源流(下)神格化したクンピーラ」(作家・フランス文学者 栗田 勇)に以下の一文がある。

「こんぴら」=金毘羅は梵語クンピーラ(Kumbhra)の音写である。鼻の長い鰐が神格化された仏教の守護神、起源は「金羅摩竭魚夜叉大将」といわれ、水にかかわる夜叉であり、その本体は蛇神ともいわれる。本地垂迹の思想で金毘羅大権現が風の神、また水源や降雨の神、水難救助の竜神信仰としても、古来あがめられる由縁である。その複合した神威の深く広大なことが繁盛の源となったのである。

金毘羅が蛇神であるのは市杵島姫神の習合した弁財天も同様で、ここに市杵島姫神と金刀比羅神が合祀されたのも、それが大きな要因となったのだろう。
ここまで辿った本刈谷神社、市原稲荷神社の2社の拝殿の注連縄はいずれも出雲型のボリュームの大きな注連縄だったが、2柱の蛇神を祀ったここ市杵島神社では、他地域のものと比較すれば、やはり太くて長く、立派な注連縄だったが、を思わせるスリムなバランスのものだった。

インド文学、インド思想を専門とする文学者、水野善文の『故地のクンビーラ ー金毘羅由来説再考ー』の「ガンガー女神の乗り物」の項には以下のように書かれている。

マカラ(※鰐類)は女神としてのガンガー、およびヴェーダで海を司ったヴァルナ(Varu-ṅa)の乗り物(ヴァーハナ=※クンビーラ)とされるが、図像表現は数あれ、文献としてはあまり多くなさそうだ。ガンジス川降下神話でシヴァ神が天から降りたガンジス川を頭で受ける傍らに魚たちとともにひしめき合っていた鰐だがプーナ批判版ではgrāhaという同義語が使用され、マカラが特定されているわけではない。
                               ※=山乃辺 注

クンビーラが乗り物であったことから、金毘羅権現も海上乗り物の守り神として信仰されてきた。高津波に存在したという港を利用する舟乗り達によって、金毘羅権現を奉る要請があったことは自然なことだったろう。

かつては衣ケ浦の海面下にあった逢妻川(あいづまがわ)の堤防上から真東に位置する高津波の丘陵上にある市杵島神社の杜を眺望すると、濃い緑に覆われた社叢の切れ間から覗く、灰青の瓦葺屋根をもつ社殿が望めた。

7高津波町 市杵島神社杜

8月下旬の逢妻川と市杵島神社の杜の間の水田は出穂の始まっている青い稲で埋まっていた。

堤防上からは逢妻川しか眺望できないので、境川(さかいがわ)と逢妻川の両方が同時に眺望できる場所を探しながら、逢妻川沿いを下流に向かったが、結局は本刈谷貝塚(もとかりやかいづか)の西側に架かっている平成大橋まで下ることになった。
通常の雨量の逢妻川と境川は以下の写真のような水量で水鳥の姿も見える。

8境川/逢妻川

幅の広く見える中央の川が逢妻川、左手から上流に延びている川が境川。市杵島神社は右岸の2.8km以内上流に位置している。

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普段の高津波町 市杵島神社はハレの気配をまったく感じさせない神社で、唯一、気を惹かれたのは拝殿の軒下に掛かった注連縄くらいだろうか。その注連縄は、最近多くなってきている化繊を使用したものではなく、氏子たちが藁を持ち寄って、自分たちで縒って製作したもので、やはりそうしたものには、“気”が宿っているものなんだと、改めて感じた次第。

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