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息子が急性散在性脳脊髄炎になって倒れた話8

入室から40分後。

夫がPICUから出てきた。

心なしか目元が赤い。

それだけで何かあったのかと心臓を鷲掴みにされたような感覚だった。

「な、なにかあったの…?」

振り絞って出せた言葉はこれだけだった。

夫は少し表情が緩み、

「あ、違うんだ。先生から経過説明をしたいって言われたから、2人で聞かせてもらおうと思って呼びに来たんだ。」

その言葉に静かに安堵の息を吐いた。

夫は静かに言葉を続ける。

「長男は静かに寝ていたよ…。看護師さん達がたくさんお世話してくれてた。最初は驚いて少し泣いちゃったんだけど、生きてるって自分の目で見れたから、ホッとしたよ。」

私はあの管だらけの長男をみて、夫がショックを受けるだろうなとばかり思っていた。

だから、その「ホッとした」という言葉で、彼がどれほど色々なことを思い悩んでいたのかとやっと気がついたのだ。

私は昨日色んな話を医師から聞かせてもらい、質問もした。本人の姿を目にすることも出来た。

けれど、本人に会うことも出来ず、なんの知識も無い私からの伝聞だけで疑問も解消してもらえない。

そんな時間を過ごした夫はどれだけ不安だっただろう。

彼が譲ってくれた時間の有り難みを感じ、目頭が熱くなった。

「…ありがとうね。」

口をついて出た言葉は、「医師の説明へ呼びに来たことへのお礼」と思われたようだ。

「?当たり前だよ。行こう。」

そう言って2人で説明の為の個室へと向かった。

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個室へと入室してから5分程して、

主治医となる神経内科の医師が1名、その他にもう1人神経内科の医師とPICUの医師が1名、看護師が2名、入ってきた。

その表情は硬く、やはり油断ならない状況なのかと頭がスッと冷えた気がした。

前日の医師の説明の際も、後から疑問に思う部分もあった。

寝不足もあり、うまく頭が回っているとは思えない状況だった為、

「今からのお話を録音しても良いでしょうか?後から聞けた方が良いかと思いまして…」

と聞くと、PICUの医師が確認をとってくれた。

「紙に記載して配布するような話は録音しても良いですが、それ以外の話は録音出来ない決まりになっています。」

すると、神経内科の主治医となる先生が、

「私は説明の為に手書きですが紙を持ってきていますので、神経内科の話の部分はどうぞ録音なさってください」

といってくれた。

そのまま、続けて説明に入る。

「最初にお伝えしなければならないのは、医療とは最悪の事態を想定して、治療方針を立てています。」

その言葉と同時に、長男の脳の画像が表示された。

「長男くんの場合、脳の片側にのみ病変が出ています。これは急性散在性脳脊髄炎の特徴でもあります。画像をみると、脳と頭蓋骨の間の隙間が狭いことが分かると思いますが、これは炎症を起こしたことで脳が腫れている状態だからです。

現在、搬送されてきた当日からステロイドパルス(ステロイドの大量投与療法)を行っていますが、約一日経過した現段階でも効果は現れていません。

今一番危険と考えているのは、この脳の腫れが治らず、頭蓋骨との隙間が無くなってしまうほど腫れた場合です。

脳の中心部には呼吸などの生命維持に関する部分がありますが、脳が頭蓋骨により圧迫されるとその部分が潰れてしまう可能性があります。

そうなれば生命を引き止める手段はありません。

それを避ける為には身体を体温や水分量などあらゆる部分で健康体と同じ状況に保ち、脳へのストレスを極力防ぎながら様子を見るしかありません。

脳の腫れがどのレベルまで進むのか、今が病気のピークなのか、それは私たちでもわかりません。

ただ、出来る限りのことをするために、考えられる可能性を潰す為に、検査結果を待たずに薬を投与していたりもします。

『もし、このときあの治療を行っていたら防げたかもしれない』

と思うくらいなら、多少リスクがあったとしても、生きられる可能性の高いほうへ治療を進めます。

今、長男くんはそういう段階だと思ってください。」

そこから、

現在息子の呼吸は人工呼吸器のおかげで安定していること

体温も薬で低めに保っていること

二酸化炭素量や、水分量なども常にモニターで監視し、最適に保っていること

などをPICUの医師から説明を受けた。

この説明を聞くまで、

長い間鎮静剤を使用していたら副作用とか大丈夫なのかな…

ステロイドは恐い話も多いけど、ステロイドパルス療法で好転したって話がネットでは多かったからなんとかなるのかな…

漠然とそんなふうに考えていたことがガラガラと音を立てて崩れ去った気がした。

息子を失う可能性が目の前まで迫っているのを実感した。

頭の中がのぼせたような、麻痺したようなジンジンとした感覚で、手は震え、涙が勝手に溢れ出てきた。

もう、私たちに出来ることは何も無いのだ。

この人達を信頼し、とにかく病院の皆様と長男自身の力を信じ抜くだけなのだ。そう感じた。

「とにかく…急なことで…、気持ちの整理もついていないのが本音です。

でも、あの子がまた笑顔を見せてくれたら…

いえ、目をあけてくれるだけでいいんです。

どうか、どうかよろしくお願いします。

私達は皆様と息子を信じて待つことしか出来ません。

本当に、よろしくお願いします…!」

だらだらと涙を流しながら、隣で同じように泣く夫の手を握り、2人で振り絞るように伝えた。

親とはなんて無力だろう。

こんなときに近くに居て、呼びかけ続けることすらできないのだ。

「全力を尽くしてお預かりします。」

そういって、医師と看護師の方々が出て行った。






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