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230411_自然はどこにあるのか?

自然のあるところというと何を思いうかべるでしょうか?

森とか山とか緑豊かなところとか人工的なものが入っていない場所とか色々なイメージを思い浮かべることでしょう。
まず、こういうイメージを持ってしまう前提としてあるのが、自然とは目に映る外部の世界に単独のものとして存在しているという思い込みだと思われます。

これも1つの自然という新たな視点と言えば視点なのだと思います。自然と一体化していないものからすると、外から見た自然の視点が言葉やイメージとして語られているわけで。

では、目に映る外部の世界というのは内側のより物質でない世界からやってきて、それが無理矢理、形態を持つようになったものと考えたとき、これまた自然の捉え方が変わると思います。

自然とは目に映る外部の世界に単独のものとして存在しているという思い込みを前提として自然を見つめると、今、目の前の環境はゴミだらけで自然と呼べるような緑豊かな場所にも産業廃棄物がこっそり捨てられている可能性が結構にあるわけで。そうなると人工的な何かの侵入があるので、そこを自然と呼ぶには難しくなると思います。

こういう状態になると自然のある場所は〇〇県とか場所でもないし、木が沢山生い茂っている場所でもなくなるわけで。見た目もイメージも定義も破壊されて来ています。

都会の人間も辛うじて自然っぽい要素が残されている大きな公園に出向きますけども、そこは人目がつかない時間に除草剤がまかれていたりしてとても自然という要素があるとは言えない状態が作りだされています。

こんな感じで外部の世界にある自然はどんどん破壊されてきているのですが、これは多くの人間が外部の自然と自分の内側からやってくる非物質的なものとの関連性を大きく見失っているからだと推測しています。外部の世界と自分の内側に大きな壁を作ってしまって、内から外に流れる川の流れを遮断している状況があって、それゆえ、供給源からの流れを断たされた外部の世界は衰退、縮小するしかないと思います。

ということで本来の自然とは?
それはどこからやって来るのか?と探究し始める人が増えると、外にある世界の様相も変わってくる可能性がありますね。

これは外部の世界で幾ら予算やお金を積んでも、今の人間の状況が変わらない限り自然は破壊されていくことでしょう。


クリスタル・フラーレン


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