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ハッピーエンドはボロボロだった #1

オフィスの窓から見下ろすように桜を眺めながら菓子パンを食んでいると、後ろの方からたわいない会話が聞こえてきた。
「人生どこからでもやり直せるとしたら、いつに戻る?」
楽しげな声にいささか僕までにこやかになりながら答えを待つも、相手はなかなか自分の中のベストアンサーに辿り着けず、熟考しているようだ。

今朝出社したときに特段強度を放っていた風は今なお健在のようで、枝を揺らして花びらを散らすことに躍起になっているようにすら見える。
開きもしない大きな窓を隔てて、まるで自分ばかりが安全圏にいるようだなと感じた。
こんなふうに日中の明るい時間であれば、この透明な壁は僕の姿を映しだすことはないけれど、いつだって僕自身が自分を見つめている。

もう二度と間違うことのないように?
いや、そもそも間違っていた?

パンの上をコーティングしたチョコが上手く口に入りきらずにそのまま地面へと落ちる。
それを僕は反射的に拾って自席のごみ箱へ投げ捨てた。
なんとなくそのまま椅子に腰かけ、開きっぱなしだったPCの画面に目をやる。
月末に向けてやらなきゃいけないタスクは山積みで、過去の個人的な感傷に浸っている場合などないのだ。
食べかけのパンを半分ほど残して袋に戻し、脇に置いてから、キーボードに指を這わせた。

そして、僕なら、と思った。
戻りたいとも、ましてや戻れるわけもないけれど、僕の人生に分岐点があるとすれば、あのときだと確信できる瞬間がある。

今さら後悔などしていないけれど、僕はそのときに一度死んだ。
いや、違う。
僕の人生は一度終わった。
そして、間違いなくハッピーエンドだった。
そうなるように仕向けたんだから当然だ。
でも、そのハッピーエンドはボロボロだった。

「やっぱり女子高生くらいまで戻りたいかなー」
「戻ってどうするの?」
「部活ばっかりやってたからもうちょっと恋愛とか楽しんで青春を謳歌したかったよね」

後輩たちの明るい声はそのまま、楽しい話題として終結したらしい。
さっき見つめていた薄桃色の花びらのように、掴めそうなほど近くまで煽られては大きく揺れてどこかに消えていく。
自分と関係のない人たちの声はみんなそんな感じだ。

「君はそういう人だよね」と昔の声が一瞬だけよぎる。
この声だけは消えることがないのだろうか。
それとももう少し時間が経てば、いずれ同じように思い出さなくなるんだろうか。
それでもいい。そうじゃなくてもいい。
僕は今までどおり、僕に流されていくだけだ。


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