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#赤山羊派

小説『あそこから出てくる』

 親戚をたらい回しにされて育って、もうとっくに自分の家が分からない。知らない男に買ってもらったエルメスの靴を売った。渋谷の街を裸足でうろつく。  また知らない男。大きなカメラを持っている。ちょっと撮らせて、と言ってる。知らん顔して通り過ぎる。男は走って私を追い越すと、私の顔を撮る。私は黙って歩き続ける。男はまたシャッターを切る。私は腕で自分の顔を隠す。男は諦めない。  私は走り出す。足に鋭い痛みを感じる。立ち止って足の裏を見た。 「なにしてる! こんなに血が出て」 お前のせい

小説『アーンギェル Aнгел 第1章』

   身体が重い。地球の引力が身体全部を押し潰している。押さえられて身体が動かない。だからニュートンやガリレオ・ガリレイ等の偉い物理学者の言うことは聞かねばならない。  ネオンの果てることのない東京にも、こんなに完璧な暗闇があったんだ。それとも自分の目が見えなくなっているのか。光る目をした夜行性の動物だけだ。こんな暗闇の中でも物を見ることができるのは。動物は暗闇で吠えたり、超音波を発したり、それで仲間と連絡を取る。  空調の音が低く唸る。そっくりだな。自分がよく観ていたアメリ

小説『アーンギェル Aнгел 第2章』

「これがいい。凄く可愛い。このヘアスタイルを再現して、写真を撮ってプロモートしよう」 「ほらな、俺って外見褒められると、そいつは俺の外見だけ見てると思うんだ。だから嫉妬深いんだ」 隼人は面倒臭い男だな、と思う。外見だけ見てるなんて。その自信の無さはどこから湧いてくるのだろう? モデルで雑誌に出て、ちゃんと生活していんだし。嫉妬深いのだけは覚えておこう。  それにしてもこの雑誌はどうしてこんなに真新しいんだろう? 手が切れるようだ。引っ繰り返して発行年を探した。 「これ、去年の

小説『アーンギェル Aнгел 第3章』

 次の日、隼人はオフィス・パッショネットへ仕事に行った。自分が構築したAIタチアナが世界中を騒がせている間にも、隼人は朝起きて歯を磨いて仕事に行く。これが本物の日本のサラリーマン根性だ。  社長が通り掛かった時、隼人は既に習慣と化していた社長の御尻の観察をした。御尻を目で追っていると、社長が突然振り向いて言った。 「体操部だからね」 ああ、体操部だからか、と隼人は納得したけれども、流石、社長は社長になるだけあって、隼人が御尻の観察をしているのに気付いていたんだ。それにしても体