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#高校生

小説『雨が降ったってもう泣かない』

 携帯が鳴った瞬間、雷が落ちた。猛烈な雨が花壇の土をえぐる。 「誰……? ばあちゃん!」 「真澄? あんたなの?」 よく聞こえない。俺は電話に怒鳴る。 「そう! 俺!」 もう一度、雷が落ちる。大地が揺れるほどの。雷は近い。俺は窓を離れて、病室を抜け、廊下に走る。 「あんた、まだ入院してるの?」 「そう、大分いいけど」 俺はうつ病持ちで、もう二ヵ月ここにいる。入院した頃は毎日ずっと泣いていた。今でも泣いてるけど。俺、よく泣くんだ。いい年の男にしては。 「ばあちゃんね、コロナウイ

小説『皆で浴衣で盆踊り 第1話』

一、バード・マン  天使(てんし)の脳内から、先程、さよならをして出て行った酸素が、回れ右をして、ちょっと帰って来た。視界も、ちょっと晴れてきた。見慣れた保健室の天井。天井は灰色で、白い布を被ったハロウィーンの幽霊そっくりの、でっかい染みがある。そのお化けはリアルで、今にも動き出しそうだった。恐怖で、天使はぎゅうぎゅう目をつぶった。 「まあた、ぶっ倒れたんだって?」  天使が所属する美術部の顧問の先生。先生の声はどこまでも優しい。でも、ぶっ倒れたなんて、あんまりお品のいい

小説『皆で浴衣で盆踊り 第2話』

二、死体のモデル  天使が幼稚園に通っていた時。お母さんが帰って来なくて、暗闇にいて、バード・マンみたいに、目だけでいて、頭も身体もなくて。明かりの点け方は知ってたのに点けなかった。  ……それ以前は、おばあちゃんがいたんだ。おばあちゃんが死んじゃって、それからだ。お母さんが数日いなくなって、食べる物がなくなって、夜になって、また目だけになって、でも隣の家に助けを求めたり、一人で泣いたりしないで、ずっと座ったまま、目だけでいた。ずっと、待って待って、お母さんが帰って来

小説『皆で浴衣で盆踊り 第3話』

五、芥川龍之介の幽霊  二、三日が過ぎると、天使から切腹願望や殺人願望が徐々に消えて行った。……母親を殺したい、と本気で思うなんて。日本刀で後を追うなんて。  病院の食事は、栄養はあるのかも知れないけど、見た目はコンビニ弁当と変わりはない。色んな食べ物が、仕切りのある入れ物に、ちょっとずつ盛られている。近所のいつも行ってたコンビニの弁当に絡まっていた、気持ち悪い長い髪の毛を思い出した。  天使は、食べなくなった。食べたくないのは、髪の毛のせいだと思っていた。実は、食べ

小説『品川から大宮まで』

 秋で、本格的で、赤い葉が上からボサボサ落ちて来る。学校の昼休み。僕はベンチに寝て龍馬の膝に頭を乗せる。彼は僕の巻き毛を弄ぶ。僕は前の学校を退学になってここに来た。龍馬のことは好きでも嫌いでもない。前の学校も男子校で、厳しくて生徒同志の恋愛は絶対だめ。相手は水泳部の部長で、僕は濡れながらプールサイドにいて、彼がプールの中にいて、カッコいいキスをしてて、それを顧問の先生に見られた。龍馬、僕、昨日大変なことになっちゃった。試験勉強で徹夜して、帰りに眠くて寝ちゃって、こっから大宮ま

小説『兄ちゃん、もう弁当忘れんなよ!』あらすじ

あらすじ 高校一年生の天使はいつも優等生の兄と比べられ不満である。彼はいつも兄が忘れた弁当を届けに三年生の教室に行かされる。見覚えのある色の白い女子に出会い、その首に見覚えのある傷を発見する。更に女子を車で迎えに来た見覚えのある男を発見する。夕べ観たアニメにそっくりだった。天使は徐々に自分がアニメの主人公だと気付いていく。天使は19世紀ロシア皇帝に飼われた猟犬ボルゾイだった。皇帝が追う伝説の白いフォックスに噛み付いたが、あの男が乗った車で逃げられてしまう。天使は女子に噛み付

小説『兄ちゃん、もう弁当忘れんなよ!』第1話

 1830年のロシア帝国。皇帝の名は、ニコライ一世。彼は避暑地、ツァールスコエ・セローに建てられた、壮大なエカテリーナ宮殿にいた。1756年に完成した、全長が三百メートル以上ある、ロココ調の建物である。  伝説の「白いフォックス」が、また目撃された。貴族達は勇んで馬に乗る。ニコライ一世の猟銃には、気の遠くなるほど手の込んだ、金色の彫金がある。馬の激しい嘶きが、ボルゾイ達の覇気を高めていく。ボルゾイはロシアの貴族達に猟犬として愛された大型犬である。小さな頭と流線型の姿態が特徴だ

小説『兄ちゃん、もう弁当忘れんなよ!』第2話

 お母さんは、暫く引き出しをがたがた開けようとしたけど、開かなくて、鍵を探し始める。あちこちの引き出しを開けてみる。開ける度に、くすぐったい笑い声がする。着物が、くすぐったい、と笑っている。お互いの肩を突き合って。 「お母さん、もっと静かに開けないと、みんなが嫌だって」 「止めてよ!」  それで、父親の愛人だったその女性の手を、父親が厳しく叩いて、確か、鞭で叩いたんだったぞ、サディストかな? それで主人公は、ほんとの愛って、狂おしく激しく傷つけ合うものだったんだ! 自分はなん

小説『兄ちゃん、もう弁当忘れんなよ!』第3話

その人は扇子を後ろに回して、なかなか返してくれない。天使はオタクだし、名前も変だし、勿論、よく虐められて兄に助けてもらってたけど、もう高校生だし、そういうことも収まってきたんだけど、天使の頭に、虐められていた頃のことが甦って、夢中でぎゃーぎゃー子供みたいに叫び出した。 「返してよ、返して!」  天使の胸には、その扇子が無くなったら、自分はどうして生きて行けばいいのか分からない、という理不尽な思いがあり、別に無くなったって命には別条は無い筈なのに、何年振りかでやっと手にしたその

小説『こんなもの頼んでないけど?』

この小説を題材に、「プロット無しで小説を書く方法」を説明しています。 YouTube『百年経っても読まれる小説の書き方』 『こんなもの頼んでないけど?』   エプロン付きのユニフォームを着た背の低い女が、お盆から落ちそうにしながら食べ物を運んで来る。ほんとに落ちそうだが、そこはプロだから落ちそうで落ちない。女はそれらをテーブルに置く。 「こんなもの頼んでないけど?」 義樹(よしき)がそう言うと、女はこう答えた。 「でも、三番テーブルはこれ、ってコンピューターに」 「だけ

小説『お前とセックスしてると神社の裏で浴衣の女をおかしてるような気になる』

一、スポットライト 天井から下げられたスポットライトが、美愛(みあ)の目に刺さる。 「どうせ日本の男はみんなロリコンだから」 美愛は、男の目を睨みつけて、そして目を逸らした。 「君な、そういうのはな、レッテル貼りって言うんだぞ」 「貴方なに? 心理学の先生?」 馬鹿にされてると思った美愛は、不貞腐れてアイスコーヒーをグルグルかき回した。暗いコーヒの渦に氷がぶつかる音。電話が掛かってきて男は、ゴメンな、と謝って暫く話をしていた。携帯を持ったままブリーフケースをかき回して書類