見出し画像

第3章 町はざまの幻実

第3章 町はざまの幻実


物理的に重い
あらゆる外部生コンテンツと

感覚的に重い
あらゆる身体コンテンツを乗せる市電。

線路を走る(本殿に赴く参道の正中を司る)バスだ。

車内には新聞紙を
”おじさんA”のように典型的に広げる
ラガー・シャツをお召しの彼以外には
数名の品の良いママ友達が
ベビーカーを構えている。

かくいう私はこの車両に
身を任せるというより、もはや委ねている。

スーツケース、重すぎたのよ。


休みたいところだのに
車内アナウンスと車両は進み続ける。

そうね、決して振り返らず突き進むというのが
彼等の使命だから・・・。

私の使命?
そんなの、これからこの地で考える。


『次は猿猴橋町お〜』

アナウンス主は次停車駅名を告げると
潔く車内の広告放送へバトンを送る。

へえ、この先右手側曲がると
”地域密着の歯医者さん”があるんだ。

お好み焼きならやっぱり”みっちゃん”なんだ。

たいてい高音の鳴る
きっと3姉弟の長女なんだろうなという声を持つ

貴女達のアナウンスとともに
私はその土地土地を少し、知った気になる。

そういった点を含めて
私はアナウンスが好きなのだ。

聴くのも、話すのも。


長女のアナウンスに連れられて
”まるで最初から決められていたみたいに”

私は車内広告に目をやる。

視線は自然と右に向かって動く。

路線図は指し示している、ひとつだけ。
発見されるべきであった”稲荷町”の3文字。

”そうすることを待ち焦がれていたように”
惜しげもなくゴシック体で突きつけてくる。

”稲荷町”ならおきつねさんとか
いらっしゃるんじゃないの?

「そうかも!いるかもね、ママ。」

レイは右手側、窓にへばりつく。

ほら、いた。見える?

ちょうどあの背の中くらいの建物
あるでしょう。
右から3番目、窓のところ。
見えたらちゃんとこんにちは、しないと。

「きつねさんはいないよ、ママ。
レイにはやっぱりまだ見えないよ。」

レイの幼少期  ”入江さん”から聞いた話 より


私にはいつだって、
母の見えるものが見えなかった。

きつねは稲荷町にいる。

じっと見ている。世の余の行く末を。

”あちら側”には、見えている。

レイにも、私にも見えなくても。

母は左隣で二礼している。ぺこり、ぺこりと。


稲荷町から八丁堀までは3駅しかない。

一旦猿猴橋町に着くまでに
耳鳴りを落ち着かせたい。

アナウンスは待たない。

『もう間も無くう〜猿猴橋町う〜』

韻を踏む車内放送に促され
ラガー・シャツ ”おじさんA”は
降りる準備を始めている。


★次回更新、乞うご期待!


(車内アナウンスBGMにいかが?
YouTubeでお借りしました。
あなたも一緒にのろう、広島電鉄)

https://www.youtube.com/watch?v=4pFcCikHB98


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?