見出し画像

笑顔が下手な人にだけ訪れる災難

これまで生きてきて、「今の自分、上手く笑えてるな」と思ったタイミングが1度もない。

会話の中で作る表情のバリエーションを、
笑顔のなり損ないみたいなしわくちゃの顔か、マネキンみたいで熱の無いへの字口の2択だけでやりくりしようとして、当然のようにいつも失敗している。

笑顔の中にも色々な種類があるようだけど、

ここでの笑顔は、擬音にするなら「ガハハ!」と表現するような、大口を開けて爆笑する時に出るタイプの方ではなく、
「ニコッ」で表せるような、表情筋をフル活用しなければ完成しないタイプの、お上品な方のことを指している。

つまり、無意識に笑う場合ではなく、自分の意思で表情筋を動かした場合に生じる笑顔、これがとにかくぎこちなくて汚い。
汚いというより、綺麗に笑えていない。
流石に下手すぎる。

笑顔が下手なせいで苦労する場面といえば、卒業アルバムの個人写真の撮影だと思う。

なぜなら、この状況で、この手の人間の写真が、他の人と同じように1~2枚で撮り終わることなんて絶対にありえないからだった。


この手の写真を撮影する担当のカメラマンは、なぜか総じて全生徒の満面の笑顔の写真を撮れることこそがプロの技術だと認識しているので、
その条件に見合う笑顔を提供できない人間に対しては、とにかく時間を使って圧をかけてくる。

1枚撮るごとに、「もっと顎を引け」、「もっと深く椅子に腰掛けろ」などというひとつも的確ではないアドバイスを、
同じ声色で、同じ間で、同じイントネーションで投げかけながら延々と撮影を続けようとする。

撮られるこちらも、3枚目くらいまでは「もう分かったから今撮ったやつで納得してくれよ」
などと思いながら、下手なりの笑顔を浮かべて座っている。

しかし、撮り直しの数が10枚を超えたあたりからは、順番待ちをしているクラスメイトらのザワつきの方に全ての意識が向いていて、

「もう何でも言うこと聞くから!!!早く!!終わらせて!!!!!!」という心境になる。

こうなったらもうカメラマンの言いなりで、相手方の中身のないアドバイスにも自分なりに全力で応えようとするようになっている。

「もうちょっと顎引いてね〜」と言われれば、二重アゴにしかなりようがないほど必死に顎を鎖骨にくっつけようとするなどして、
結局元の位置に戻される。

そして、1枚撮る。ダメだったらしい。

「もうちょっと右寄ってね〜」と言われれば、指示を出すカメラマンの、絶対に適当な手の動きを一応見逃さないように注視しながら、やたらと細かく微調整を繰り返すなどして、
結局さっきまでと同じ位置に戻される。

そして、もう1枚撮る。またダメ。

そんなことを何度も繰り返すにしても流石に限界があって、たいてい12~3枚目を失敗したあたりでカメラマンが根負けして、
「はい、いいですよ〜」と言う。

この時、最初の1枚目を撮ろうとしていた頃に彼が浮かべていた友好的な笑顔は、もう完全に消えている。

どう考えても、彼の基準の中での「良い」写真が撮れていないのは明らかで、
それが最後の「はい、いいですよ〜」の言い方と、彼の表情に詰め込まれていた気がする。


案の定、その後に配布された卒業アルバムを見てみると、
おそらく7枚目あたりの、クラスメイトたちが撮り直しの回数の多さにザワつき始めているせいで、完全に目が死んでいる時の写真が載せられている。

こんなことになるくらいなら、普通に1枚目の写真とかを採用してほしかった。

確かに笑顔はぎこちなかったかもしれないけど、こんな風にあまりにも目に光がない状態の写真が数百枚も印刷されて、卒業アルバムの一部として皆の手元に届くことになるよりは少なくとも数倍マシだったと思う。

卒業してからしばらく経って、アルバムを当時の友人らと見てみる機会があった場合、私のところで「あいつこんな顔だったっけ??」となる可能性がかなり高いと思う。

そもそもの印象が薄かったとかそういう要素は無視するとしても、あの写真の顔は、流石に子供が学生生活の中で浮かべることのない表情すぎたと思う。


なんだその顔は。10代だろ。
目の輝きはどこに行った。
撮影中だろ。気を抜くな。

そんなことを思いながら、下手な笑顔の写真が載っている卒業アルバムを、
タンスの底の、更に1番奥に力強く押し込み、その引き出しを大きな音を立てて閉めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?