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ほんとうのもみの木  (#2021クリスマスアドベントカレンダーをつくろう)

 かつて、私の頭の中にはもみの木があった。

 こずえは高く高く空の上の方まで伸びている。葉と枝の連なりは風の動きとともにずれて空からの光線をチカチカと明滅させている。黒々とした幹は太く真っすぐで、根っこはぐわりと地面を掴む。

 深く層になって積もっている硬い雪の上に、昨夜からの新雪がもったりホイップのようにのっている。木のすぐ根元には雪が入り込まないぽかんと空いたスペースがある。そこに、寒さから逃れた動物たちが集まってきている。鹿やウサギ、リス、小鳥たちは木の周りに密になって身を寄せている。

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 子どもの頃の私は、おそらく、あの有名すぎるアニメの影響を受けていたのだと思う。だから、デパートのおもちゃ売り場で見かけるおもちゃのクリスマスツリーなるものは、「もみの木ではない!」といきどおりを感じながら見ていた。

 貧弱な細い幹にテカテカとしたもみのりみたいな葉っぱのクリスマスツリー。根元はさらに人工っぽくて、問題外。動物たちが集まってくる気配が感じられないのだ。ツリーなんていらない。本気でそう思っていた。だから、妹たちが買って買ってと親にせがんでいる様子も、離れたところから横目でみている私だった。

 そんなある日、父がドヤ顔をしてクリスマスツリーを買ってきた。妹たちは歓声をあげてツリーを迎え入れた。純和風の茶の間の隅で、父は子ども達にまとわりつかれながらツリーを組み立てた。そしてついに木の部分が完成し、飾り付けの瞬間が訪れた。
 どんどん飾り付けていく姉妹。昭和のオーナメントはかなり野暮ったかった。
 モールでできたサンタ
 メッキがギラギラした星
 ピンクや緑や黄色が鮮やかな花びら型の電飾
 そして雪を模した化学綿!
 それらを妹達は全盛りにしていった。私も手伝ったけれど、やはり一歩も二歩も引いていた。

-こんなのもみの木じゃない!


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 数日後の真夜中。
 私は布団の中で悶々としていた。何故か目が覚めて、その後、全然眠れなくなってしまったのだ。どんなにギュッと目をつぶっても、ふたたび快適な夢の世界へ入って行くことはできなかった。
 暗い部屋の中は規則的な家族の寝息だけが続いている。私はむくりと起き上がって、茶の間に行くことにした。他の家族を起こさないようにそっと。

 寝室の座敷から茶の間までをつなぐ廊下をすすむ。その道のりがひどく長く感じられたことを覚えている。その暗さ寒さといったらなかった。廊下は板張りで、床下からの冷気を吸い込んでいたから、歩くたび剣で足の裏を刺し貫かれるような冷たい激痛が走った。ガラス戸の外に目を向けると、月明かりに照らされた庭木が静かに立っていた。昼間とは違って死んだような闇をまとい微動だにしない。私は肝を潰しながらも真夜中の世界を感じていた。

 -世界で動いているのは私だけだ。 


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 ずいぶん長く歩みを進めて、足元から目を上げると、障子の向こうに点滅する光が見えた。誰かがつけっぱなしにしていたその光は、不安で黒く塗りつぶされた私の心を強く呼び寄せた。私は急にスピードアップして、障子をするりと開け、茶の間に入った。私は敢えてツリーに目を合わせず、コタツのスイッチをぱちんと入れて、頭まですっぽりもぐった。

 こたつの中で十分に温まった私は、だんだん外が気になってきた。ころんと寝転んで手足はこたつの中。こたつ布団の下から顔だけをおそるおそる出してみることにする。


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 こたつのすぐ脇に、クリスマスツリーがあった。

 下から見上げると、クリスマスツリーは大きく大きく見えた。天井照明は点いておらず、暗闇の中、ツリーはそびえ立っていた。昼間は頼りなく見えた幹は太く頼もしく、沢山の電球を支えていた。私の頭の中には妹達の嬌声が響き、父の鼻歌も聴こえて、昼間の弾むような気持ちが湧いてきた。

 重なり合う枝の隙間から、点滅する光が見える。
花びらみたいな形の電飾はカラフルに暗闇を染めていた。その煌めきは私の心を躍らせた。

 妹達のほどこした綿の雪は、本当の雪みたいに仄かに光を反射している。あのあこがれのホイップクリームの雪のように。私の目には、ツリーの根元に、続々と集まってくる動物達が見え始めた。

 眠りに落ちていきながら、思った。

-これは、私のもみの木だ。


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 私は、その後何度も、あの夜のもみの木のことを思い出すことになった。闇に沈んだ茶の間で、もみの木の周りだけが家族の気配を濃く残していて、穏やかで寛いだ気持ちを運んでくれたから。
 人生の色んなシーンで、何度も。

 こたつの中でうとうとと寝落ちしながら、私はしっかりと感じていたはずだ。こたつ布団の温かさ、もみの木のキラキラ、廊下の向こう側で静かに眠る家族の寝息。二重にも三重にもくるまれている感じ。

 ガラス窓の外は厳しく凍てついた冬だった。

 もみの木の下、私は守られていた。


 朝になって、こたつで寝ている所を発見された私は、母にうんと叱られた。私は叱られながら、横目でツリーを見た。

 朝日が差し込む明るい部屋で見るツリーは、やっぱりいつものように小さかった。









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こちらの企画に参加しています。
一口にクリスマスと言っても、色んな切り取り方があってとても面白いです。良い経験になりました。百瀬さんありがとうございます。


画像はここからいただきました

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そして、挿入イラストは、自作でした!




ハトちゃん(娘)と一緒にアイス食べます🍨 それがまた書く原動力に繋がると思います。