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Stella #クリスマス金曜トワイライト


スッハッスッハッ。
スッハッスッハッ。
スッハッスッハッ。

僕はいつも坂を登っている。

スッスッハッハッ。
スッスッハッハッ。
スッスッハッハッ。

思えば僕はいつも、苦しい息のもと、坂を登っている。
登りきったその先に何があるだろう。
悲しみの果てに何があるだろう。

見たこともない空の広がり
ひとつぶの希望の星

そのひとつぶを手に入れたいと思うのは傲慢だろうか?


⭐︎⭐︎⭐︎


「あっ」

一つのカップに同時に手を伸ばしていた。大きな公園の中にある、池のほとりのコーヒースタンド。
見ると、図面の入った大きな筒を肩がけし、赤い自転車に乗ったひとがいた。僕がぺこんと会釈をするとカップを受け取ってふわっと微笑んでくれた。アーモンド型の目に茶色い瞳が印象的だった。

思えばもう、その時には恋をしていた。

それから何年経ったのだろう。2度目にあった時にあなたは痩せ細っていた。印象的だった目は落ちくぼんでいて、骨の上に薄い皮膚がのっているだけだった。3度4度と会ううちに、あなたに笑顔を取り戻してあげたくて、あなたに元気を分けてあげたくて、たまらなくなっていった。

あなたの住む家は、最初に出会った公園の木々が見える場所にあった。そこで僕はあなたのためにご飯を作ることにした。

最初はおにぎりだった。
とびきりの新米を炊く。とびきり酸っぱい梅干し、焼きシャケ、たらこ、おかか、高菜を具にする。パリパリの海苔を準備して一つ一つにぎっていく。

ご飯の温かさがあなたの固くこわばった心を溶かしたのか、あなたはひとくち食べると小さな声で
「おいしい。」
と言ってくれた。そして、ぽろんと一粒、涙を落とした。

僕がご飯を作って、仕事に戻る、そんな日が続いて、僕たちは一緒に住むようになった。


⭐︎⭐︎⭐︎


僕はCMやキャンペーンに振り回されていた。
「モーレツ社員」とか、「24時間戦う」とか、今の人に言っても分からないだろうけど、僕の現実世界でそれは繰り広げられていた。賞を追いかけて、精一杯、上司にもクライアントにも付き合ってきた。

走って走って走る。
それは、自転車ロードレースにも通じる。レースに出るって話をしたら、あなたは応援すると言ってくれた。走り出したら鉄砲玉みたいな僕をいつも穏やかに見つめていてくれた。ダメな僕をいつも励ましてくれた。

どんな時も

あなたは

優しく包んでくれる。

いつまでも

あなたは

待っていてくれる。

数学が得意で設計図も書けるあなたは、インテリアを選ぶセンスが良かった。インテリアデザインの仕事が忙しい時も、花を飾り、コーヒーを淹れてくれた。いつもの部屋にあなたがいる。

それが普通になっていた気がする。


⭐︎⭐︎⭐︎


今年はなんて年だったんだろう。
現実の方が素っ頓狂で予測のつかない状況になっている。

「普通」という概念がこんなにもゆらいだ年はなかった。これまで我々が生きて培ってきた「普通」はことごとく、新しい生活様式のもと、「普通」ではなくなった。
ある人にとっての「普通」が発されて、誰かの心に着地する時、それは「普通」ではない鋭利な刃となって深く突き刺さった。

果たせない想いと 願いが叶わない時代。わかち合う想いと抱きしめたいエゴが葛藤する。限りある時間や希望が信じられない時代に僕はあなたへ何と言えばいいのだろう。

いま、僕は体じゅうから湧き出す衝動に駆られている。

今年。前を向かせてくれたあなたに。
溢れる想いを伝えたい。
今年。チカラをくれたあなたに。
言葉にならない想いを伝えたい。
今年。もっと大スキになれたあなたに。
どこまでも届くほどの熱い想いを伝えたい。

しかし、胸は苦しく、視界は白く霞んで、口の中には苦い味が広がっていくばかり。


⭐︎⭐︎⭐︎


教会の天井まで伸びるステンドグラスにパイプオルガンが響いている。綺麗な聖歌が遠くから聞こえてきた。これは夢の中なのか。それとも酸素が足りないからだろうか。

自転車のハンドルについた小さなメーターを見ると心拍数は198と表示されている。時速56km。目いっぱい踏んでもこれ以上は出そうもない。自分の脚力を恨むしかない。あともう少し。もう少しなのに夢に届きそうもない。

あなたが応援してくれていた自転車の最終ロードレースは2位に終わった。

・・・ダメな僕はどこまでもダメなんだろうか。寝落ちしていた僕の手をあなたはやさしく柔らかく包み込む。あなたはハンカチを出して僕の口元をそっとおさえる。あなたは静かに微笑んでいる。
あなたの茶色い瞳の青みがかったふちが大好きだ。


さあ、今日こそ伝えよう。

ポケットの中の青い箱とメッセージカードを手で確かめる。

教会を出ていつものバルへ向かう。二人の影は長く伸びている。


⭐︎⭐︎⭐︎


スッハッスッハッ。
スッハッスッハッ。
スッハッスッハッ。

僕はいつも坂を登っている。

スッスッハッハッ。
スッスッハッハッ。
スッスッハッハッ。

思えば僕はいつも、苦しい息のもと、坂を登っている。
登りきったその先に何があるだろう。
悲しみの果てに何があるだろう。

苦しい息のもと、冬の空を見上げるとそこにステラ。
あなたは私の星。
人生の航海に必要な目印。








追記


池松潤さんの企画に参加しています。

締め切りを伸ばしてくださったおかげで、どうにか参加できました。書く機会をありがとうございます。


【何故この作品を選んだのか】

ハッピーエンドの作品だったからです。
読んでいて最も共感を覚えました。


【どこにフォーカスしたのか】

池松さんになりきって、あくまでも男性目線で、恋する気持ちを書きました。美しいステラが主人公を照らすさまは、しみじみと心に迫ると思いました。

このリライトでは、だんだんと恋から愛へ変わり、プロポーズへ向かう旅を書き記してみました。どんな言葉でプロポーズしたのかは、敢えて、読者様の想像にお任せするスタイルをとりました。大幅にカットしてしまったことをここにお詫びします。

【感想】
楽しくも難しかったです。




ハトちゃん(娘)と一緒にアイス食べます🍨 それがまた書く原動力に繋がると思います。