見出し画像

📖①『ゴミ屋敷を救え!社会復帰への道』1-1-5:来年は……

リワークの翌日、機嫌が悪くなった桜木さんのために、僕は母さんに相談をする。

前回

#木琴コンビ #深琴と真琴の琴棋書画
#ゴミ屋敷 #精神病 #社会復帰への道 #創作エッセイ




ローストチキン

2023/12/26(火) 朝 葛木家 キッチン


「ローストチキンなら、今どきスーパーでもコンビニでも売ってるわよ」

深琴
「え、そうなの?」

桜木さんに、クリスマスはローストチキンよ!と言われた翌日、あまりにも駄々をこねるので僕は母さんに相談してみた。クリスマス限定商品のようだが、どうやらローストチキンというのは、僕が思っていたよりも手に入る代物のようだ。

深琴
「そういうわけなので、桜木さん。来年はローストチキン買いますから、機嫌を直してください」

ローストチキンも無ければ、自分のいない間にケーキを食べられていてご立腹だった桜木さんの顔が、ほんのり和らいだ。

真琴
「ま、まあ、うちのシェフのには劣るでしょうけど、我慢してあげるわ!来年は絶対にローストチキンよ!」

やれやれ。来てからまだ数日しか立っていないというのに、桜木さんはすっかり葛木家に馴染んでいた。僕とそっくりな見た目をしているからかもしれない。初めは警戒していた母さんや兄さんも、特に何も言わなくなった。それどころか……


「真琴ちゃん悪いわねぇ。来年は真琴ちゃんのケーキも用意するからね」

来年まで桜木さんがいることが、さも当たり前かのように話が進んでいた。元の世界に帰らなくて平気なんだろうか。でも、消えたって言ってたな。

深琴
「……桜木さん、いつまでうちに滞在予定ですか?」


「こら、深琴!」

行く宛がない真琴ちゃんにそんなこと聞くんじゃないよと、たしなめられてしまった。そうは言ってもこのままで良いのだろうか?ご家族が心配しているのでは?

真琴
「お気遣い、ありがとう……。邪魔なら出ていくわ……」

深琴
「ごめんなさい……そういうつもりじゃなかったのですが……」

ちょっと気まずい空気を作ってしまった。出ていくと言っても無一文で何処に行くというのか。


「こんな場所で悪いけど、とりあえず、落ち着くまではうちに居ていいからね。でも、面倒は深琴が見ること。いいわね?」

深琴
「はい、母さん」

母さんも客人の手前、家の現状を恥ずかしく思っているようだ。


大掃除

同日 某時刻 葛木家 リビング

深琴
「ところで、母さん。年末の大掃除ですが……」

うっと母さんの顔が引きつった。


「そうね、真琴ちゃんもいるし、掃除しないとね……」

そう言いながらも母さんはリビングでテレビを見始めてしまった。

深琴
「桜木さんもお手伝いしてくれるみたいですよ。ね?桜木さん」

こちらも、うっという顔をしている。どうやら一昨日の掃除チャレンジで桜木さんのモチベーションも下がっているようだ。

深琴
「とりあえず、お風呂場の床がヌメっとしていて危ないので、そこからやったらどうかと思うのですが」


「良いじゃない!頼んだ!がんばれ~!」

やっぱり、母さんはやりたくないようだ。言い出しっぺの桜木さんはといえば、やはりちょっと嫌そうな顔をしたが、自分も使う場所は綺麗にしたいようだ。しぶしぶ頷いた。


風呂場の床掃除

同日 某時刻 葛木家 風呂場

二人で入るにはちょっと狭いうちのお風呂場。年季の入った汚れを落とすのは骨が折れそうだ。

深琴
「桜木さん、腰は大丈夫ですか?」

真琴
「おかげさまで良くなったわ。リワークで疲れていたのにベッドを使わせてくれて、ありがとう」

深琴
「こちらこそ、気を使ってくださりありがとうございます」

昨日は僕が床、桜木さんがベッドで寝た。僕は僕でやはりやや体を痛めてしまったが、ベッドの上が片付く前に椅子で眠っていたときよりはマシだろう。

深琴
「掃除道具は今、これしか無いのですが、桜木さんやってみますか?」

片手サイズの風呂場ブラシと液体洗剤。ブラシと洗剤の容器にまでヌメりがついている。いつから掃除していないんだ。僕はスポンジでブラシと洗剤の容器の汚れを落とした。さすがに汚れたままの状態で掃除させるのは嫌がらせだ。

ブラシと洗剤の容器の汚れはすんなり落ちたが、床にこびり付いた水垢が落ちるかはやってみないと分からない。桜木さんは僕が洗っているのを見て、自分にも出来そうだと思ったようだ。小さくコクンと頷いた。

深琴
「まず、洗剤をスプレーして……そうです。そのブラシで床を擦ってみてください」

こう?と桜木さんが上目遣いで見つめてくる。自分と同じ顔なのだが、少しドキッとしてしまった。僕より肌が綺麗だ。

真琴
「深琴……?」

いけない。見とれているのがバレたら恥ずかしい。僕は照れ隠しをしながら、そうですそうですと相槌を打った。

深琴
「良かった。思いの外汚れ、落ちそうですね」


添い寝

同日 夜 葛木家 深琴の部屋

深琴
「今日はお疲れ様でした。桜木さんのお陰で、床が大分綺麗になりましたね。僕もシャワーを浴びていて気持ちよかったです!」

桜木さんはやつれた顔をしていたが、まあ、私にかかればこんなものね!と強がってみせた。少し手が荒れている。頑張った人の手だ。

深琴
「素手で掃除させてしまってすみませんでした。スポンジも古くなっていましたし、今度一緒にゴム手袋も買いましょう」

いきなり掃除するにはちょっと準備が足りていなかったな。

深琴
「それで、今日のベッドですが、桜木さんが……」

真琴
「一緒に寝ましょう」

言いかけた所で添い寝を提案されてしまった。

深琴
「シングルベッドなので狭いですよ?大丈夫ですか?」

初日にも提案された添い寝。抵抗のあった僕だったが、頷く桜木さんを見て僕も覚悟を決めた。

深琴
「分かりました。それでは今日は一緒に寝ましょう。電気消しますね」

蛍光灯にぶら下がった紐をカチカチと引っ張り、僕たちはベッドに入った。桜木さんは慣れない労働で疲れたのだろう。すぐに寝息が聞こえてきた。対する僕は……

深琴
「(うう……なんだか落ち着かなくて眠れません……同性とはいえ体に触れてしまったらどうしよう……)」


次回

登場人物紹介

目次


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?