マーチング(朝日新聞より引用)

11月19日、大阪城ホールで第36回全日本マーチングコンテストが開催され、徳島県立徳島商業高校吹奏楽部は四国代表として出場した。

 フロアに続く扉が開くと、吹奏楽部のマーチングリーダーでパーカッションを担当する3年生、平山奈々は息を吸い込み、叫んだ。

 「徳商ファイトー!」

 「オー!」

吹奏楽作家のオザワ部長が各地の吹奏楽部を訪ねる「My吹部Seasons」。原則、毎月第2、第4水曜の夜に配信します。
 力強い声を返してくれた仲間たちとともに、奈々はフロアへ飛び出した。マーチングコンテストには81人まで出場できるが、徳島商は全25団体の中でも特に少ない35人。部員たちが広々とした大阪城ホールのフロアに広がると、やけに心細げに見えた。

 だが、前もって奈々は部員たちにこう伝えていた。

 「離れてても、このミサンガで心はひとつにつながっとるけん、笑顔で頑張ろう」

 みんなの手首には、マーチング係の部員が作ったおそろいのミサンガが揺れていた。

        ♪

 奈々にとっては今年は3年連続となる全国大会出場だった。

 緊張感にのまれた1年生のときも、ドラムメジャーとして出場した2年生のときも、いずれも銅賞。全国大会に出られるのはうれしかったが、大阪から徳島へは悔しさを引きずりながら帰った。

 「来年は絶対にひとつでも上の賞をとろう!」

 高校生活最後の年に向けて、同期とそう誓い合った。

 マーチングをやってみたくて、未経験ながら徳島商に入った奈々は、もともとはのほほんとした性格だ。しかし、今年になってマーチングリーダーに選ばれると、「奈々は怖い」「厳しすぎる」と言われるほどみんなをビシビシと指導した。今年もまた全国大会に出場し、今度こそ笑顔で徳島に帰ってきたかった。

 だが、徳島商の前にはいくつもの困難が立ちふさがっていた。

 部員が少ない、音楽室が狭い、楽器が古い、練習場所がなかなかとれない、動き方などを示すマーチングの設計図「コンテ」を自分たちで作らなければいけない……。

 今年度、マーチングの指導経験がない梅本敏行が新顧問に就任するという大きな変化もあった。先生も部員たちも不安と戸惑いを抱える中、奈々はリーダーとして梅本にこう頼んだ。

 「動きの指導は私やマーチング係がやるので、梅本先生は音楽的な部分をお願いします!」

 梅本は奈々の意図を理解し、マーチングについて学びながら、音楽の指導に注力した。ピアノが専門で、オーケストラや合唱の指導経験がある梅本が教えたのは、人数の少なさを挽回(ばんかい)しようとして力押しで大きい音を出すのではなく、美しさを維持したまま遠くまでよく響くサウンドを目指すことだった。それは、マーチングだけでなく、コンクールでも同じだった。

 徳島商は、徳島県の高校として唯一、全日本吹奏楽コンクール(全国大会)への出場歴がある。2003年のことだ。近年は他県の強豪の勢いに押されているが、今年はコンクール四国大会で銀賞を受賞した。

 そして、成長した音楽性を持ってマーチングコンテストに挑むことができた。

        ♪

 今年の夏は徳島商の野球部が甲子園に出場したため、コンクールとマーチングコンテストの練習に野球応援が加わって多忙を極めた。

 奈々は大喜びだった。中学で吹奏楽部に入ったのは、甲子園のアルプススタンドで応援する吹奏楽部の様子をテレビで見たのがきっかけだった。いつか自分もアルプススタンドで……と思い続けていたが、高3でついに念願がかなった。

 担当した楽器はグロッケンシュピール。太陽光が金属の鍵盤に反射し、顔が真っ赤に日焼けした。それでも、自分たちの演奏が選手たちの背中を押し、もり立てているのが感じられた。

 「こんなにたくさんの人を元気にしたり、笑顔にしたりできるんや。音楽ってすごいなぁ」

 奈々にとっては夢のような経験になった。

 ただ、今年の夏は恐ろしく暑かった。目まぐるしい毎日に部員たちの集中力は低下しがちだった。

 「あとちょっとやけん、集中して頑張ろう!」

 練習中、奈々はリーダーとして部員たちに声をかけ、励ました。

 徳島商はマーチングコンテスト県大会、四国大会を突破。「銀賞以上」を目指して全国大会に出場することになった。

 大会の出場順は2番に決まった。なんと前後は強豪中の強豪の京都橘と精華女子(福岡)。両校とも昨年金賞を受賞。さらに、出場人数は81人だ。一方、徳島商は大会最少の35人。

 「終わった……」

 部員たちは口々に言った。だが、奈々は違った。

 「地獄やな。でも、この2校に挟まれてたら観客も多いし、徳商を知ってもらうチャンスになるかも」

 リーダーはポジティブに前を向いた。

        ♪

 そして、迎えた全国大会当日。大阪城ホールの待機場所に集まると、扉の向こうから京都橘の十八番である《シング・シング・シング》が聞こえてきた。

 〈なんか言わんと、みんなこの空気にのまれちゃう……〉

 奈々は部員たちに向かって語りかけた。

「京都橘はテレビや動画で見てたすごい学校やけど、私たちもこれから同じ舞台に立つんや。いつもどおり、全力でやったら大丈夫やけん」

 緊張しかけていたみんなが笑顔になってくれた。そして、おそろいのミサンガをつけた徳島商は元気にフロアに飛び出した。

 梅本の指揮により、35人の部員たちは《セレモニアル・マーチ》など3曲を演奏し、精いっぱいの演技を披露。奈々も軽快なスティックさばきでテナードラムをたたいた。全員が横一列になって前進する最大の見せ場、カンパニーフロントでは梅本が鍛えてくれたサウンドが大阪城ホールに響き渡るのがわかり、奈々は感動に震えた。

 最少バンドの飾り気のない爽やかなマーチングは観客の心をつかみ、6分間のショーが終わったときには会場中から大きな拍手が送られた。奈々は涙をあふれさせながらフロアを後にした。

 審査結果は……、またも銅賞だった。悔しい気持ちもあったが、部員たちは口々に「楽しかった」と言っていた。奈々も同じ気持ちだった。

 「今年はこれで成功かな。果たせなかった目標は後輩たちに託そう」

 観客の心にも、自分たちの思いにも、賞の色以上のきらめきを残し、奈々と徳島商のマーチングコンテストは終わったのだった。(敬称略)

    ×    ×    ×

 吹奏楽作家のオザワ部長が各地の吹奏楽部を訪ねる「My吹部Seasons」。原則、毎月第2、第4水曜の夜に配信します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?