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「もっと」と時間の不思議な関係   ~グループワークから見えた景色~

「はっ 」と息を飲む瞬間。生徒の顔つきが一瞬にして、まるで違ったものになる。

「これだ!」

何かの確信、あるいは、手応えをその手に掴んだ! 達成感の証!

グループワークを授業に取り入れるとそんな場面に出くわす時がある。

心の中で、一人小さくガッツポーズをする。グループワークを授業に組み込むかどうか、いつも迷う。中途半端に取り入れると遊ぶ生徒が増えるから。でも、一人でも何かに気づき、それがその子の成長につながるなら、こんなにうれしい事はない。

ただ、大抵の場合、グループワークをしている最中も終わった後も、生徒達は不満や後悔を口にする。

「もっと、時間があったら。」

「もっと、違うメンバーだったら。」

「もっと、ちゃんと指導してくれたら。」

「もっとすごい事が出来たのに!」

他の同級生の圧倒的なアイデアや完成度の高い作品を目の当たりにして、自分の不運を嘆く声の数々。

そんな時、こんな声が聞こえる時もある。

「すごいな! こんなアイデアは思い付かなかった。次は、もっと、枠をはずして考えてみよう!」

「やられた!まさか、こんなアプローチがあったなんて!もっと、いろいろやってみれば良かった…。次は頑張ろう!」

こちらの「もっと…」は、次につながる「もっと!」この気持ちやフレーズを引き出すのは、本当に難しい。

一つだけ言えるのは、悔しさやはがゆさを心底感じてくれた生徒は、次は思う存分、実力を発揮してくれるに違いないという事。

逆に、言い訳と愚痴で自分の取り組み方の課題に蓋をしてしまった生徒は、グループワークへの苦手意識を持ったり、改善よりも欠点に目を向け、自信を無くしてしまったりするかもしれない。

さらに、本当は、すごいアイデアを持っている生徒がいて、たまたま、今回、それが採用されなかっただけかもしれない。

どんな結果だったとしても、それをこれからにどう活かすかで、経験の価値は変わるんだという事にどう気づいてもらえるか…。毎回悩みはつきない。

この事は、多くの人の時間のとらえ方と似ているのかもしれない。

「時間がないから、やりたくても出来ない」

「時間がないから、実力を発揮できなくても当たり前だ」

「時間がないから、何か新しい事をしたいのに何も始められない」

自分自身もそうだった。今の状況から抜け出したい! 時間さえ十分あれば何とかなるはず。”時間がない”から、しょうがない。今をズルズルと生きるしかない……。まるで、死んだような生き方だとしても。

本当はスマホを見ている時間に何か、本当にささいな一歩でも、やれたかもしれない。ぼーっと、YouTubeで時間をつぶしている間に、自分がしてみたい事や興味がある情報を違うサイトから見つけられたかもしれない。

それなのに、”しなかった”。そして、くすぶりながら同じ毎日を繰り返す。

時間ほど人にとって、その意味や価値や使い方が変わるものはないのかもしれない。「もっと」などの言葉の使い方のくせと同じだ。

「時間はなくても、ささいな事から、やれる事からやってみよう!」だって、どうしても”やってみたい事”だから!

「時間がない中でどれだけ出来るか分からないけど、自分の力を試してみよう!」だって、自分の実力をどうしても試してみたいから!

「時間はないけど、そんな自分が新しい方法で新しい事を始められたら、それはすごい事だから!」だって、いろんな人から似たような事を聞くし、誰かの役にきっと立つ事になるから!

今年に入り、意識の持ち方や価値観のとらえ方を変えようとしている人も多いかもしれません。私も、その1人です。今までの仕事の仕方。つい、心の中でつぶやいてしまっているネガティブな言葉やフレーズ。そのあたりを見直していくと、心がリフレッシュ出来て、さらに素敵な一年になるかもしれません。《終わり》