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超進学校の家庭科で挑んだ生徒の「ポテンシャル」を引き出す探究学習:取り組みと実践から見えた可能性

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1 はじめに

3月まで勤めていた超進学校での
家庭科教師の仕事は他校とは大きく違い
家庭科そのものの意味や
学びと生徒達の成長のつながり等
多くの事を深く考える大切な経験となりました。

特に最後の年に取り組んだ探究学習は
コロナ禍での特別な実践となり
深く心に残るものとなりました。

その探究学習の導入に至るまでの経緯、
生徒のポテンシャルを引き出す
探究学習にするための準備、
学習の実践と実際の生徒達の様子や成果、
そこから見えて来た事をまとめました。

この探究学習は形を変えれば
どの学校でも、ご家庭でも
取り組みが可能かと思います。
何かのお役に立てればうれしく思います。

2 学校や生徒の様子と家庭科

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超進学校で有名な灘中は神戸に位置し
全国の小学校から精鋭が集まる
中高一貫の男子校です。
家庭科は中1で週1回の授業があり
家庭科室はありませんでしたが
実習も行っていました。

中1は1クラス45名前後と
人数は多いのですが
生徒間の学び合いの校風が根付いていて
実習なども生徒同士の助け合いによって
スムーズに進める事が出来ました。

ただ家庭科は
受験に関係がないマイナー科目である事と
生徒のほとんどが生活体験が乏しく
生活そのものへの関心が低い事で
学習へのモチベーションは低く
課題への取り組みにも
消極的な生徒が多く
その状況を何とかしなければと
強く思っていました。

さらに知的水準が高く、
選び抜かれた子達が集まるがゆえに
他の子と自分を比較して
自己肯定感が低くなりがちです。

これは自分にも当てはまり
何かにつけて自信が持てず
失言や常識に必要以上に過敏になり
自分の行動を制限してしまう事があり
生徒達がそのように
見えたのかもしれません。

そのような背景もあり
成績とはあまり関係のない
「副科目の家庭科だからこそ出来る事」
生徒が自分の出した成果で
自己肯定感を高める事が出来る
何かがあるのではないかと
考えていました。

3 探究学習導入までの経緯

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そんな中
夏休みに軽井沢の国際高校の授業を
見学する機会が訪れます。

灘では中1と高1学年を
担当していましたが
自分の一方的で画一的な授業との
あまりの違いに大きな衝撃を受けます。
このショックは数十年前
アメリカで暮らしていた頃に見た
教室の光景、
生徒達が活発な議論や
グループワークを
行っていた記憶を掘り起こしました。

その頃、学校に来ていた
教育実習生から
「この学校では教師は生徒達を
好奇心の扉の前に
連れて行く事だけでいい。
生徒は興味があれば扉を開けて
自分で勉強出来るから」
と聞かされます。

非常勤講師で生徒達と
授業以外での関わりが
少なかった私にとって
卒業生である実習生の
言葉は貴重です。

従来の知識伝達型の授業では
知識の押し付けになりがちで
生徒達の知的好奇心を
刺激する内容とは
程遠かった事を反省しました。

ちょうどアクティブラーニングが
広がり始めていた時期でもあり
思い切って授業にグループワークを
取り入れる事に決めました。

1クラス50名近い
中1男子を相手に
どうやって興味を持たせ
どう進めて行けばいいか迷ったものの
家庭科の複数の分野に関連し
世界的に深刻な社会的課題である
「児童労働」をテーマに実施しました。

グループ別に設定したテーマについて
調べ学習を行い
自分達が感じた課題と
中学生として出来る事をまとめ
グループ別にクラスの全体の前で
発表する形式です。

「児童労働」を取り上げたのは
フリー・ザ・チルドレンという活動と
その活動を始めたのが
12歳の少年だった事を知り、
生徒達とって刺激になるのではないかと
思ったからです。

これは自分達と同年代の少年が
ある朝ふと目にした新聞記事から
児童労働に強い関心を持ち
行動を起こしていく事で
世界的な活動に広がった事例です。

このように自分のふとした興味から
世界さえ変えていける事を知ったら
世界に広く目を向けて
自分の殻を破り自ら行動を起こす生徒が
てくるかもしれないとさえ思っていました。

ところが、
この目論見は見事にはずれます。
児童労働は実際に目にする事もなく
身近に経験した人もいないテーマに
関心を持てない生徒が大半で
「仕方なくやらされている」様子でした。

そこで次は全てを変える事にしました。
個人で自分の好きなテーマを探り
そこから課題を見つけ出す
「探究学習」を取り入れる事にしたのです。

4 探究学習のための準備


 「この探究学習では
生徒の主体性を大切して
やる気を引き出し
自由に探究を楽しめるようにしよう!」
そう心に決めて取り組みました。

これを実現するために
準備した事は次の3つです。
「自分のペースで取り組める
授業のデザイン」
「生徒の興味・関心を高める
学習環境づくり」
「生徒が取り組みたくなる
モチベーションづくり」
 
①「自分のペースで取り組める
授業のデザイン」 
(1)テーマは「服と社会のつながり」とし
 衣生活分野の探求を通して各自で
 課題を見つける事とする。
(1)学習時間は4時間とし
 時間をかけて各自のペースで
進めるようにする。
(2)学習場所は図書館とし
 12グループ×3~4人に分けて資料や
 備品を共有させ学び合いの環境をつくる。
(3)授業のねらいは
「殻をやぶる」
「視野を広げる」
「知的好奇心を高め自由に学ぶ」
 とする。
(4)教育方法はグループワークと
 ファシリテーションを取り入れる。
(5)成果は最終日の
グループプレゼンテーションで
 メンバーに対して自由な方法で
発表する事とし
 資料か作品を作り提出する事とする。

 また各自で見出した課題を必ず発表する。
 ただし課題の解決策を考えた生徒は
 その発表については自由とする。
(6)評価はプレゼンテーションの評価と
 資料または作品の提出点のみとし
 点数を気にせず好きな事に
取り組めるようにする。
(7)フィードバックは個別にはコメントで
 クラス全体には口頭で伝える。
 印象に残った探究の資料や作品を掲示し
 学年全体で共有できるようにする。

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②「生徒の興味・関心を高める環境づくり」
(1)探究学習に関した被服実習で
布に触れ、手縫いを体験した事で
縫製の面白さを感じていた生徒も
いました。
 また日本の伝統的な「刺し子」の技術や
「伝統文様」を取り入れた教材を使った事で
 手仕事や日本固有のデザインに
 興味を持った子もいました。

(2)2学期にミニプレゼンテーション
として食をテーマにプレゼンテーション
資料作りに特化した時間をとった事で
資料作りの楽しさと難しさに
気づいた生徒も多く
 3学期のプレゼンテーションへの関心を
 高める事が出来ました。

(3)3学期までに探究学習のために
準備した学習環境は以下の通りです。

 ・50冊以上の衣生活関連の本を本棚に揃え
  図書館に探究コーナーを作り
  学習期間中は常設してもらう。
 ・約50の課題につながるような
  衣生活の記事をファイリングして
  グループに配布出来る準備をする。
 ・大学との連携で服や繊維の最新技術の
  スライド資料をファイリングして
  グループに配布する準備をする。
 ・男物の着物や手作りのフェルト製の
  ミニパーカーなどの実物を準備する。
 ・資料や作品つくりが自由に出来るように
  多様な文房具や備品を準備する。

③「生徒が取り組みたくなる
モチベーションづくり」

(1)生徒が自分から探究したくなるような
  「問いのリスト」を配る。
(2)服に関わる社会問題を扱った
  「True Cost」という映画を見せる。
(3)服がもたらす環境汚染などの
画像を見せる。
(4)探究学習では最終日の
プレゼンテーションを
3分とする事と
プレゼンに使った資料か作品を提出
  する事以外は全て自由にすると伝える。

5 実践と生徒の様子

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実際に探求学習が始まる直前に
図書館にwi-fi環境が完備され
生徒達は探究学習にタブレットを
使う事が出来ました。

これは生徒達にとっては
とてもいい刺激になり
探究の仕方や情報の共有など
インターネット環境があるからこそ
見られたシーンが数多くありました。

何より印象的だったのは
生徒達の目の輝きです。
自分の興味があるテーマを設定し
自分の好きな方法で自由に
学びを楽しめる環境が
これほど生徒を変えるのかと
感じ入るクラスもありました。

私自身は
ファシリテーションに徹するように
心がけましたが、
思わずアドバイスをしたくなる
光景もありました。
しかし探究学習では生徒を信じ
主体性を尊重しひたすら見守ります。

その事で普段の授業では
見えていなかった
目立たない生徒の作業の丁寧さや
活発な生徒が本に没頭し静かに
自分と対話する様子
何かついて熱心に討論する姿など
を見る事が出来
胸があつくなりました。

家庭科の時間に生徒達が
これほど生き生きした姿を見せる事は
ほとんどなかったからです。

そして生徒達の自主的な
取り組みの成果は
プレゼンテーション自体、
さらには素晴らしい資料や作品として
形になっていきました。

6 探究学習の成果

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① プレゼンテーションの様子
最初から強い意思でテーマを決めて
探究に取り組んだ生徒達の
プレゼンテーションは
想いが伝わってくる
メッセージ性の強いものとなりました。

例としては次のようなものがあげられます。
・「医療防護服」の問題点をテーマとし
 調節をキーワードに水分・体温・精神に
ついてまとめた生徒は
初めから熱心に取り組み
 プレゼンテーション資料も分かりやすく
 素晴らしい出来でした。
・「廃れていく菅笠」をテーマとし
 菅笠の買い手の減少を課題として
 解決策を自分で考え
海外展開や新しい用途の紹介と
普及とした生徒は
祖父の影響を強く受け
 熱意のこもった取り組みと
プレゼンテーションで
 他を圧倒していました。
・自分の体験から
「腕の骨折時の服のデザイン」に
 取り組んだ生徒はオリジナルの発想で
 プレゼンテーションもわかりやすく
 印象に残りました。

② プレゼンテーション資料や作品
探究学習最終日のプレゼンテーションでは
図書館司書の先生方と一緒に
12グループを見て回ります。
全てを見る事が出来ないのは残念でしたが
提出された資料や作品を見る事で
取り組みの姿勢や学びの深さを知る事が
出来ました。


例としては次のようなものがあげられます。
・藻類を素材にした環境対応の
 「二酸化炭素を吸う『生きた服』」を
 テーマにした取り組みは目新しさと
 簡潔なまとめ方で目を引きました。
・「ヴィーガンファッション」は
 インターネット環境があったからこそ
 取り組めたテーマかと感心しました。

③ 大きな変化を遂げた一人の生徒
今回の探求学習で一番心に残ったのは
一人の生徒が見せてくれた
大きな変化でした。
その生徒はそれまでの授業では
ほとんど目立たない子だったのですが
探究学習では違っていました。
「衣服の環境問題・社会問題への取り組み」とテーマは広大な範囲に及び
探究の内容も膨大な量でした。
それをまとめるための資料作りも
丁寧で熱心。
その熱意に頭が下がる思いでした。

その子の探求の取り組む姿勢に
周りの子達の様子が変わって来たのは
想定外でした。
グループ以外の子からも頼られ
尊敬されている様子で
時間が経つごとに
自信に満ちて来たように見えました。
「自己肯定感が高まる」とは
こういう事なのかと
間近で生徒が成長していく姿を
見せてもらえた
かけがえのない時間となりました。

7 探究学習から見えて来た可能性


生徒から提出された資料や作品で
学年全体で共有したものは
40を超えました。

それは生徒達が真剣に取り組んでくれた
大きな成果だと思います。

それまであまり関心がなかった
衣生活という未知の分野で
「視野を広げる」事、
「知的好奇心を高め自由に学ぶ」事。
ほぼ制限のないグループワークや
プレゼンテーションで「殻を破る」事は
程度の差こそあれ,
どの生徒も出来ていたと思います。

今回の探求学習への取り組みは
家庭科としての大きな挑戦でした。

コロナ禍で探究学習を行う事は
生徒達にとって様々な面で
大変だったと思います。
しかし彼らは中学生ならではの
純粋さと感受性の豊かさで
探究に取り組み
学びを深めてくれました。

「主体的で対話的な深い学び」の
トライアルともなった取り組みを
行って来て
超進学校だから出来た事ではなく
どんな場所でも
学習環境と大人からの働きかけ次第で
子供達が自らのポテンシャルを引き出し
成長を遂げる事は可能だ強く感じます。

このような学びの経験が
「正解のない時代」を生きる
子供達を成長させるの
だろうと思います。
〈終わり〉