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バトル百合小説アンソロジー「一連托生」感想文

みなさん、バトル百合ってご存じですか?

ええはい、殺伐百合じゃないです。
私が殺伐百合のセイバーということはみなさんご承知かと思いますが、今回はその話じゃない。

バトル百合。女を守るため、あるいは女と決着をつけるため、女がその身を賭して闘いに挑む。そんな熱量たっぷりの百合です。

殺伐百合とどう違うのか? 
いい質問ですね、それは今後の学会のテーマに回します。

個人的な見解としては、どちらもバトル展開があることを前提にすると



・「女と女の敵対関係」に焦点を当てていれば殺伐百合
・「闘いの中育まれる女と女の共感・信頼」に焦点を当てていればバトル百合



かな? と思ってますが、バトル百合で殺伐百合だったりする作品も多いのでそのへん曖昧です。

前置きが長くなりました。要はバトル百合ってすごいんだよって話です。


そしてそんなバトル百合だけの小説のアンソロジーが先日出ました。
主催者はあべかわきなこさんとさゆとさん、どちらもバトル百合を耕してきた古強者です。


そのページ数なんと472ページ、約3万字ずつ6編=だいたい18万字を収録。
規定では1万~3万字だったのにみんなギリギリまで詰めてきました。本気が過ぎる。

そんな気合いたっぷりのバトル百合小説アンソロジー『一蓮托生』
全作品読ませていただいたのでこのたび感想文をしたためようというわけです。

なお以下の感想文は基本ネタバレを含みますので、未読の方は気をつけてください。

ご購入希望の方は、公式サイトに今後の頒布予定が書かれていますのでそれを参考にしてください。
通販が復活したら迷わずカートに突っ込んで注文確定することをお勧めします。基本すぐ枯れます

公式サイトはこちら↓

はいみんな買いましたか、届きましたか読みましたか? はいスタート。

1.さゆとさん著『神籬(ひもろぎ)の兎』~呪装で魔物と戦う和風ファンタジー姉妹百合~


スタートダッシュに相応しいスーパー火力のバトル百合!

しかも拗れに拗れた十歳差姉妹百合ときました。

(ちなみにキャッチコピーはBooth記載のものをお借りしました)

舞台は「禍津日」という化生に脅かされた近未来の日本。
禍津日を倒すことができるのは、赤ん坊の頃に受けた呪いを武装に変えて戦う三乃和琳ただ一人だけ。

琳は姉・蘭珠の指揮下で認められようとするが、蘭珠は素っ気ない態度を取ってばかり。
そんな中、大量の禍津日が襲来する災厄の予兆が届く……

という感じのお話です。
(以下全作品、あらすじはかなり簡略化したので、より詳細な紹介は公式サイトでどうぞ)


何が良かったって、まず琳ちゃんのキャラ付けが光ってましたね。


サイト掲載のあらすじやさゆとさんのイメージイラストを見ていたときは「嫌われてもいい、お姉ちゃんの役に立てるなら……」って感じのお姉ちゃん好き好き健気妹なのかな~とか思ってました。甘かった。

お姉ちゃん好き好きなのも健気なのも間違ってないです。


ただ、それに年相応の反抗期が重なった結果、ものすごい等身大かつ愛おしい妹キャラに仕上がってます。



具体的には、「お姉ちゃんのことはめちゃくちゃ好きだけど、邪険にされるのは普通に気にくわないし拗ねた発言も結構する」タイプの妹ちゃんです。


だからお姉ちゃんが嫌がると分かっているような軽口もつい言っちゃう。キレるとお姉ちゃん相手だろうとめちゃくちゃ口が悪くなる。


でもお姉ちゃんが好きなことは隠さない。かわいい。

そしてお姉ちゃんの蘭珠さんも結構な拗らせ具合です。


あらすじからイメージしていたお姉ちゃんは冷静沈着タイプのシスコン(本当は妹を闘いから遠ざけたくて冷たくしてるとかそういうの……)でしたが、蓋を開けてみればどこまでも激情家で過去のトラウマに縛られた女のひとでした。

誰より禍津日を憎んでいるのに、どうやっても自分では禍津日を倒せない。
唯一禍津日を倒すことの出来る妹は、復讐心にも囚われずただ姉の自分を守り喜ばせるため戦っている。

その羨ましさ、眩しさ、疎ましさといったら。


ともすれば、琳ちゃんが蘭珠さんのことを想う以上に、蘭珠さんは琳ちゃんに縋っていたのかもしれません。

復讐心を妹と分かち合いたかった蘭珠さん、復讐のためではなく姉と人びとを守るために戦う琳ちゃん。

断絶はあまりにも深く、ゆえに「理解しようとし続ける」という言葉が響きます。

そして分かり合えないままのふたりを置いて事態は進み、街は大量の禍津日の現れる「常夜」に包まれます。


ここからの二転三転する戦闘描写、あまりにも強大すぎる敵との対峙、そして戦えない姉と姉を想う妹の手が重なってのクライマックス……

いや熱い、熱すぎますね。

身体に巣食う呪いの暴走。
自分では倒せないと分かっていて禍津日に立ち向かう蘭珠さん。
聖と邪の力両方を併せ持っての最後の突貫。

異能もので絶対に見たいシーンの欲張りセットが一気に襲いかかってくる。


そこにつよい姉妹百合が重なるのでもう最強です。のっけからこれを読むとどうなるか? 燃え尽きます。

バトルと百合以外にも見所が多く、特に巡礼シーンの神社や田舎道の描写が癒やされましたね。


なんといっても田舎の解像度が高い。

田舎生まれ田舎育ちとしては「分かる~!」が多すぎる。
大企業の工場が建ってる郊外とか田んぼの真ん中にある鎮守の森とか鹿とか……

各神社の個性もしっかり出ており、神社を巡るという、ともすれば飽きてしまいそうなシーンにもメリハリがありました。


というかこれ実在の神社を元ネタにしているんですかね? それくらい「立体感」があります。


特に最後の久留未神社。
この神域での参拝が実にじっくりと描かれていて、バトルにも百合にも関係ない描写のはずなのにとても印象深いです。


神域に入ったんだということが説明ではなく描写と行動で伝わってくるのでニコニコしちゃいますね。

そして巡礼の旅で出会う人びととの交流。
各エピソードこそ短いですが、誰もが活き活きと自分たちの日々を生きており、琳ちゃんと蘭珠さんの守ろうとする世界に奥行きを与えてくれます。


世界を救うというスケールの大きいお話だと、一般人の存在はともすれば置いてきぼりになりがちです。


しかし「神籬の兎」では彼らとの交流がふたりの境遇や関係性を描く端緒にもなっており、「小説がうめえ~~!!!」となりますね。

特に暴走お兄ちゃんの一茂くんがアホ可愛くて好きです。


そして一茂くん自身はほっこりするキャラなのに、その互いを想う兄妹関係を自分たち姉妹と比べてしまう琳ちゃんが胸に痛い。


蘭珠さんも蘭珠さんで何も思っていないはずがないですよね?????
「あなたの妹さんは幸せね」ってどういう気持ちで言ったのそれ??????????

バトルは燃えるド直球、姉妹百合は胸に迫るすれ違いと結びつきの成就、それを取り巻く世界の描写にも隙なし!!


この火の玉ストレートを受け止めた先に待っているのが、二作目『血潮に弾痕』となります。

2.新芽夏夜さん著『血潮に弾痕』~ファンタジー×リアルのミリタリーアクション吸血鬼譚~

真っ向勝負に燃えさかるトップバッターとは打って変わって、二作目は落ち着いた「静」の世界観です。

身体がヒト以外の外観・性質を持つようになる奇病・グレーゴル。
その吸血鬼型であると診断された少女は、目覚めたときには記憶を失っていた。

彼女は導かれるように「アカネ」という名を名乗り、自分を保護してくれた特別市民相談室――トクシの芹川細流(せせらぎ)たちと交流していく。
しかしともに暮らしている細流はどこかよそよそしく、特にアカネの名をできる限り呼ぼうとしない。

その理由も分からないまま、アカネ以外には存在しないはずの吸血鬼型グレーゴルによる連続失血死事件に巻き込まれてゆくふたり。
グレーゴルと人間が共存する独立自治体「町」で繰り広げられる、因果と決着の物語です。

この作品の見所は、なんといっても組織としての「トクシ」の在り方と、リアリティある制圧戦闘です。

トクシの存在意義は「町」における人間とグレーゴルの共存です。
未だ偏見の目で見られ、身体にも生活にもハンディキャップを抱えるグレーゴルを支援し、人間と肩を並べて暮らしていける社会を理想としています。

しかし彼らが身体だけでなく心まで人外に成り果ててしまったら?
そのグレーゴルがヒトに牙を剥いたなら――?


そうしたグレーゴルを、被害が広がる前に処分するのもトクシの役目です。


人間とグレーゴルの共存を守り通すため、時には守るべきグレーゴルを打ち倒す。
その悲しいまでのシビアさが組織としての責任と使命を感じさせます。

そして自治体の組織だけあり、その戦闘は堅実な作戦をもとに立案され、多数の人員を投入して実行されます。


今回の標的はたった一体の吸血鬼型グレーゴル。しかもほぼ知性は失われている状態です。


それでも油断することなく懐に誘いこみ、一斉射撃からの狙撃で制圧する。
ここ本当組織戦闘としてカッコよすぎて無限に痺れてました。

もちろん闘いはそれでは終わらない。
皮肉にも誘いこむための「餌」で復活される流れも、そこから接近戦へ突入していく流れも非常にスムーズに展開し、読んでいてとてもわくわくしました。


ここからのラストがまた熱い。


愛したひとの涙により起き上がってしまう恋人の成れの果て。アカネちゃんの出自と細流さんの決断、ふたつがあまりにも切なくも美しく融合し、最高の決着を生み出していました。

バトルの後の言及となってしまいましたが、百合にも当然ぬかりはありません。

死んだ細流さんの恋人と同じ名を名乗り、同じ吸血鬼型グレーゴルであるアカネちゃん。
恋人の死を振り切れず、アカネちゃんと真正面から向き合うことができない細流さん

こんなおねロリ嫌いなひといます? 絶対おらん。


ここで死んだはずの恋人・紅子(あかね)さんが乱入してくるのでなお最高なんですよね。
絡まった因果が彼女の登場でぴんと引き絞られ、一気に解けていく感じ。物語の転換点。すき。

何がいいってアカネちゃんと紅子さんの間の符合すべてに意味と理由があるのがいいですね。


おまけにその符合がアカネちゃんの記憶に直結しているので、本当に無駄なところがない。


「死んだ恋人の面影がある」というシチュエーションそのものがエモいのでその理由はなくても流されたりしますが、『血潮に弾痕』はこのエモさも含めてきっちり伏線なのでものすごく詰めてあります。

アカネちゃんが「吸血鬼型」であることも設定上の話だけではなく、最終局面でかなり大きな見せ場があるので素晴らしい。
伏線・設定・展開・結末と、すべてに無駄がない完成度の高いお話でした。

あと個人的にはトクシのバディシステムめちゃくちゃ好きなので、この後のトクシのお話も読んでみたいな~と思うんですよね……

人間とグレーゴルがバディを組んで戦うの、トクシの理想の具現化って感じですごくいいんですよ。


各グレーゴルにも個性があるので、バディごとに特色が違って非常にキャラ立ちしています。もっと見たい。
いっそバディごとのオムニバスとかどうでしょう。見たい。


アカネちゃんは吸血鬼型だし子どもだしで前線には出せなさそうだけど、敵の血液を入手したらそれを摂取することで手がかりを得られそうだな~とか、そういう妄想がとても捗ります。

ちなみに今作は作者さんの別作品のパラレルものなので、元の作品も読んでおくと一粒で二度美味しいです。


ヒトとヒトでなくなりつつある者が共に生きていくために。

トクシの戦いは終わることなく、しかし未来を見据えて続いていくのでしょう。


少しのもの悲しさと希望が見えるラストの次で迎えてくれるのが、三作目『50回目のムラサキ』です。


3.あべかわきなこさん著『50回目のムラサキ』~輪廻を超えてお姉様を救う抜刀純愛ファンタジー~

のっけからはじまる切れ味鋭い戦闘シーン。
そして矢継ぎ早にやってくる少女と少女の邂逅の瞬間。


この時点で猿でも分かるんですよね。
「あ、これバトル百合だ」って。

紫はクールビューティながら異様に感情表現に乏しい少女。
とある夜、謎の化け物に襲われそうになった彼女を救ったのは、刀を携え紫を「お姉様」と慕う少女・星(あかり)だった。

紫は輪廻転生を経るごとに化け物「バク」に殺され、夢を奪われているという。
結果、現代の紫は抜け殻のようになり、もう一度殺されれば魂が消えかねないところにまで追いこまれていた。

しかし星は諦めない。すべてはかつての世で共に生きたお姉様のため。
輪廻も時空も超えて刀を振るい、閃光のように、奪われたものを取り戻す!

というわけで、バトルもガチなら百合もガチ。
しかし重すぎず軽すぎず、読んでて心地いいテンポ感が最強なお話です。

なにがすごいって、輪廻を超えるだけあっていくつもの時代が登場するのですが、それが極めてスッキリまとまっていることです。


最初の世(神代の時代)、45回目の世(大正)、50回目の世(現代)。
『50回目のムラサキ』で中心となるのはこの三つです。三つもあります。


しかし各時代の描写比重のコントロールが非常に上手く、読んでいて混乱することもありませんでした。

そしてこの輪廻そのものが百合的にめちゃくちゃおいしいギミックになっているのもまた熱いですね。

神代の時代、悪逆の女神を討ったムラサキは、その無垢を羨んだ悪逆の女神により呪い殺されます。
しかしムラサキの側も今際の際で彼女の激情に憧れ、「輝けるほどの願い」を求めるようになります。


45回目の世では、ムラサキはアカリという最愛の存在を得て、唯一の願いを手に入れます。


そして50回目の世。バクに奪われた夢とアカリに託された輝きが紫に回帰し、やっと紫はすべてを取り戻す……

熱い。構造があまりに上手くて熱い。

この「唯一の願い」も王道ながらもう納得するしかないものなので本当にいい。


そして冒頭の星と紫の邂逅、あるいは再会の時点でこの願いが叶っていたと分かるの、マジめちゃくちゃアハ体験なんですよね……そりゃ冒頭にもってきますよこのシーン。

百合要素と作品構造が強固に結びついている作品は強い。
つまり『50回目のムラサキ』は最強なわけです。

バトルももちろん熱く、実質星と紫のダブル主人公になっているのが二度美味しい。


バクと戦い続ける星の愚直と不屈、悪逆の女神と対峙する紫の天性のセンス。

ニノマエくんがいろんな武器になれることもあり、戦闘スタイルがはっきりと異なるので読んでいて飽きません。

そしてふたりの手を携えての最後の一撃!


奇しくも一作目の『神籬の兎』でも(獲物は違いますが)披露されていたバトル百合しぐさ。


つまりこれがバトル百合の最強技にしてトレンドなのです。主催おふたりがやってんだ間違いねえ。信じろ。

ニノマエくんも何気にいいキャラをしており、作品の雰囲気作りに一役買ってますね。


輪廻転生、殺され続ける最愛のひと、彼女の夢を取り戻すため化け物と戦う宿命を負った少女……
いくらでも重くできそうな話を読みやすくしている功労者のひとりは、紛れもなく彼です。


物語上星ちゃんと紫ちゃんが会話できない時も必ず彼がサポート役・話し相手になってくれるので、スムーズに展開が進んでいました。

もちろん星ちゃんも同等レベルの功労者です。


お姉様好き好きから飛び出る脳直発言、普段のお嬢様口調と戦闘中のヤンキー口調のギャップ。


戦闘少女でありながらコミカルな一面をこれでもかというほど見せてくれるので、問答無用で好きになっちゃいますね。


あとこれは私の嗜好を知ってる方なら頷いてくれると思うんですけど、悪逆の女神×ムラサキ、いいですよね。

自分を殺した真っ白な女に羨望を抱き、それゆえムラサキも魂からの願いを抱いてしまう。
自分の手で自分の恋(ころ)した「ムラサキ」を染めてしまった皮肉。


どんなに夢を奪っても奪ってもムラサキから輝きは奪えず、挙げ句ぽっと出の小娘にその輝きを確かなものにされてしまう。欲する原初のムラサキには永遠に逢えない。

自業自得ゆえに報われない。
好き。泣きじゃくるのめっちゃかわいい。


輪廻50回分のWSS(私の方が先に好きだったのに)。さすがに好きになっちゃいますね。


おまけにムラサキの側としても悪逆の女神に魂レベルで影響受けているので、まるきり脈なしでもないんですよね。


まあ結果として星ちゃんに持っていかれるわけですが。素直じゃないにも程があるアプローチを45回も続けたので仕方ないんですよね。


あと自分の激情に憧れてキラキラしたくなったムラサキなんて悪逆の女神的には解釈違い甚だしいので……うん……
どこまでも自分の首を自分で絞める、そういうとこ好きだよ。

紫と星、ふたりの夢が叶った大団円のハッピーエンド。
後味スッキリ爽やか、穏やかな午後の風が吹き抜けるような読後感です。

そんな我々の肩を優しく叩き、振り向いたところをぱっくり呑み込んでいくのが、四作目『花の徴』です。


4.杜岳望淵さん著『花の徴』~幻想世界で悪魔と契約した少女と少女の想いがぶつかり合う百合~

ここからはぐっとカラーが変わります。

姉妹VS魔物の『神籬の兎』。

おねロリVS人間性を失った吸血鬼の『血潮に弾痕』。

約束のふたりVS異形を生み出す女神の『50回目のムラサキ』。


しかしこの『花の徴』から続く3作品はすべて女VS女――つまり、人間同士で傷つけ闘い合うバトルになります。

読書家の少女、詩杏は目覚めると見覚えのない森にいた。

まるで絵本の中の風景。月の照らす無音の木々、襲い来る影絵の獣。
『名付け』と引き換えに詩杏を救った蒼いドレスの少女――フィラは自らを『悪魔』と称し、ここは黒い魔女の森だと告げる。

黒い魔女の招待状を受けた少女は、ここで悪魔と契約を結び、願いを叶えるための儀式を行う。しかし詩杏には招待を受けた覚えも願いもない。
仮初めの契約のまま、フィラと森をゆく詩杏。そこで彼女は、三年前に行方不明となった親友と再会する。

読み終わったら混乱とともに項垂れること間違いなしの、いっそ清々しいほど容赦のないエンディング。
どうしてこんなことに?
 我々の頭を巡るのはただそれだけの問いです。

物語の軸は主人公の詩杏ちゃんより、むしろその親友、璃乃ちゃんにあります。


ラストを思えば、彼女は物語開始時点ですでに手遅れでした。

何人もの奏者を斃し、自らの悪魔たるアンサスにそれを食うことを許してしまい、小さな願いを幾つも叶えられて本当の願いも見失ってしまった。

その上で(おそらくはアンサスの仕込みにより)魔女の森に召喚された詩杏ちゃんには、彼女を救う手立ては限りなく少なかったか、もしくはまったく存在しなかった。

そして仮に璃乃ちゃんが勝利し、詩杏ちゃんとフィラの契約を破棄させた場合、どうなっていたか。


これはもう完全に妄想なんですけど、璃乃ちゃんが詩杏ちゃんを守って満足して良し、なんてアンサスは考えないと思うんですよね。「乞い願う君の姿は美しい」ですから。

あのまま詩杏ちゃんを食べてしまって、璃乃ちゃんに新たな願いを迫る、くらいはしてもおかしくないのが怖いところ。


当然璃乃ちゃんは狂乱するでしょうが、そこで璃乃ちゃんが諦めるなら諦めるで璃乃ちゃんの魂もおいしくいただける。


そして璃乃ちゃんが諦めない――つまり、「詩杏ちゃんの復活」かなにかを求めて再起するなら、より愉しい道行きが待っている。
決して叶わない願いを諦めずに求め続ける、愚かで愛しい奏者との旅路が。

どうあってもアンサスには悪くない目が出るよう立ち回っていたのでは? とか思っちゃうんですよね……


まあそれも璃乃ちゃんが勝ってればの話で、実際には詩杏ちゃんが勝った結果がああなんですが。
というかそれでもなおあの結末って、アンサス本当に碌なことしてなさすぎて笑うんですよね。笑えねえ。誰も得しねーじゃねーか!!!! 悪魔!!!!!!!!

親友にして想い人とともにいることを願う少女を唆し、二度と戻れない森の深みへ導く妖精。


璃乃ちゃんの物語はアンサスに狂わされ、詩杏ちゃんと帰ることさえ叶わなくなってしまったのでした。


悔しいですけどこういう女好きなんですよね……最悪ですけど……責任取れよお前…………

璃乃アンサスの話で文字数の半分くらい使っちゃいましたが、当然バトルも熱い。

とにかくバトル突入からの文章の脂の乗り方がすごいんですよね。

悪魔との融合(励起)シーンの詩杏ちゃんの美しさといったらない。冒頭の璃乃ちゃんの物量に任せたナイフ投擲も禍々しさ・無機質さが感じられて恐ろしいです。

そしてフィラの大剣一本で立ち向かう詩杏ちゃんに対し、璃乃ちゃんは多くの武器――おそらくこれまでアンサスの食った奏者のもの――を手を変え品を変え駆使してきます。

この戦闘スタイルの対比めちゃくちゃいいですよね。
「逃げないこと」を代償とするまっすぐな詩杏ちゃんと、「諦めないこと」を代償としどこまでも容赦のない璃乃ちゃん。互いの気性が出ています。

個人的にはこの作品もスピンオフや続編が気になるところですね。
黒い魔女・白い魔女も語られた以上の設定があるように思えますし、構造上いくらでも少女と悪魔のバディを作ることができます。短編オムニバスとか相性がよさそうですよね。


「願い」と「代償」をセットに契約を結ぶ、というシステムにキャラクター性がはっきり出るのが好きなんですよね。いろんなバディを見てみたいです。

まあバディが増える=黒い魔女の森に囚われる少女が増えることになるんですが……
誰かひとりだけでもこの森から出してやってくれ……頼むから……

あまりにも無慈悲な結末。願いを閉じこめ逃さぬ黒い魔女の森。

そこをぬけた先に続くのは、暴力と享楽の濁流で生き抜く魔法少女を描いた五作目『インタビューウィズウィッチガール』です。


5.ピクルズジンジャーさん著『インタビューウィズウィッチガール』~アンダーグラウンドのバトルショーで女王に君臨した闇落ち魔法少女の意地とプライドのバトル百合~

冒頭から引き込まれる小説は強い。

これは色々なところで語られるセオリーですが、『インタビューウィズウィッチガール』もその例に漏れません。

「あの子のことは気になってたよ。だって目立つ子だったから。
 見た目は中学生って感じだったな。雰囲気からすると本当の一二、三歳。
 言ってる意味分かる? あそこじゃあ見た目だけ十代のまま時間を止めて中身は大人ってヤツがザラにいたの。」
(『インタビューウィズウィッチガール』p313より)

初っぱなからこれですよ。たった三行、なのに現実ではあり得ない設定を開示されて巻き込まれてゆく。

これぞ百合文芸二回連続受賞者(マエストロ)のワザマエ、当然内容もこの冒頭に劣らぬ秀逸さです。

救世少女(ラピュセル)☆だるくとして世界を救った折原かれんは、その後も魔法少女の力に取り憑かれていた。

魔法少女であることを、その力を奮って闘うことをやめられない。
そんな日々の果てに、かれんは悪い妖精に誘われて、魔法少女斗劇(ウィッチガールバトルショー)へと足を踏み入れる。

可愛い魔法少女たちが闘う姿を見物して愉しむ、アンダーグラウンドの見世物。あっという間に女王様に君臨したかれんは、とびきり可愛げがなくて打たれ強い新人・ジョージナを気に入るようになり……

「元」魔法少女の語る回顧録。
結末を彩るは、最高の敗北(いんたい)。

もう、これについてはとにかく読めとしか言えないんですよね。


いや、未読の人はここまでのネタバレ全開感想文で振り落とされてると思うけど。とにかくこの作品については、私が何を語っても意味がないと思います。もう本当に。

たかが3万字、されど3万字。
書いてる側として思うんですが(私の文字数ダイエットが下手すぎるのもあるんですが)、3万字って決して長くはないんですよ。

その中である人間の半生、あるいは悪い魔法少女としての一生を描ききったその筆力。感服です。
ピクルズジンジャーさんすげ~とは前から思ってましたがやっぱりすごい人だった。強すぎる。

まず思うんですが、話の構成が巧すぎるんですよね。

このお話は冒頭以外、基本的に時系列に沿って進みます。
かれんちゃんの自己紹介、地下の見世物に堕ちた経緯、女王様になって以降の話……といった感じに。


しかしジョージナちゃんの第一印象や目をかけた時のエピソードだけ、時系列から外れて最初に置かれてるんですよね。
かれんちゃんにとってジョージナちゃんがどんな存在かそれだけで分かる。

しかも最初に言った通り吸引力の高すぎる冒頭の文章を併せ持ち、しかも記者に語るという形式を保った上で、この変則的な構成を実現させている。

センスがありすぎる。さすがに結構苦労しましたよねこれ? 素でこの構成やってたとか言われたらもはや恐怖でしかないんですが……

作品構成の話ばっかになりましたが、もちろん百合もバトルも熱くて強い。

百合の面だと、まずメインになるかれんちゃんとジョージナちゃんの関係性が絶妙ですよね。

かれんちゃんは異質なジョージナちゃんに目をかけて気に入ってるけど、決して甘やかさないし可愛がらない。
その素質に最初に気づいて乱暴なアドバイスをしてやって、伸びていく姿を影から眺めて楽しんでいる。


あくまで「新人を指導してやる女王様」の姿勢を一切崩さない接し方に、かれんちゃんのプライドとプロ根性が見えて好きです。

というかかれんちゃんは堕ちるところまで堕ちた割に、筋を通すべきところは通しているのがいい。
自分の倒した魔法少女の敵は責任とって自分で始末するとことか、女王様として客を楽しませる原則はキッチリ守るとことか……変なところで律儀ですよね。好き。

あとかれんちゃんと茉莉ちゃんの関係、というか茉莉ちゃんからかれんちゃんへの献身(しゅうちゃく)もすごいんですよね。
これについては作者さんの後書き(後述)に詳細が記載されているのでここでは割愛します。

また、バトルについて。


明確なバトル描写はかれんVSジョージナの決闘だけですがそんな気がしません。なんたってこの作品暴力が多い。

怪魔をぶった切るかれんちゃんの回想だけならまだかわいいもので、初対面でジョージナちゃんを蹴って「指導」するかれんちゃん、茉莉ちゃんをぶった切ろうとしてジョージナちゃんに止められるかれんちゃん。至るところで「暴」が補給されるので、その分バトルしてた気にすらなります。

そして決闘。もうこれ本当に熱いんですよね。


ジョージナちゃんの戦闘面での成長。闘いを通じての問答。
どうしようもないところまでいってしまった少女を止める方法はただひとつ。

魔力結晶(アイス)が切れても、両脚を斬り落とされても、最後の最後までかれんちゃんはちゃんと「女王様」を演じきってジョージナちゃんにバトンを渡した

どこまでも愚かで気高い幕引きが本当に素晴らしくて、それだけに最後に語られる虚しさがやりきれなく響きます。

ちなみに、この作品で出てきたジョージナちゃんがヒロインとして出てくる後日譚(というか今作が前日譚)もあります。
これ本当にめちゃくちゃ面白いのでバトル百合アンソロと併せて読んでください。


あと副読本として作者さんのあとがきもあります。Check it.


さて、まだまだ語り足りませんが目標文字数を超してしまったので黙ります。


こんな最強すぎる作品(ハードル)の後に置かれた六作目が『あけないよるへとつづくみち』です。


6.橘こっとん著『あけないよるへとつづくみち』~弾丸と殺伐感情が交錯する東ドイツおねロリガンアクション~

はい、私のです。

いやいますよ、こんな面白い企画誘われたらそりゃ乗りますよ。
ていうか自分が参加した企画じゃないとここまでしませんよ、私はそういうやつです。

というわけでここだけ感想文というかあとがきというか執筆中の思い出話です。読み飛ばしてもいいけど悲しくなるよ。私が。

東ドイツ最悪おねロリガンアクション。
これが公式サイトの作者コメントで標榜した本作のジャンル名です。

普段の私の作風を知ってる方なら絶対思ったよね、「またか」と。


普段の私の作風を知らない方に説明しますと、私は同人誌で東ドイツおねロリ殺伐百合を書いています。
要はまったく同じ時代背景を使い回してスピンオフにしたわけです。でも同人誌読まなくても通じる話を書いたはずなので許してほしい。

私だってね、頑張ったんですよ。最初は別ジャンルに挑戦してみようと思ってました。


バトル百合小説アンソロに参加しませんか?とありがたいお誘いを受けたのがだいたい一年前くらい前、そこから数ヶ月くらい案を考えてたんですよね。
結果思いついたのが、「スチパン機械義肢バトル主従百合」でした。

蒸気機関を使用した機械義肢により泥沼の戦争が繰り広げられ、疲弊しきった世界にて。

仮初めの停戦から数年後、閉ざされた技術研究都市に踏み入るは、弱くててんで役に立たないヘラヘラ女主人と機械義脚の最強毒舌従者。

女英雄が支配し『完璧な終戦』を目指す閉鎖都市で、ふたりはすべてをぶち壊す。

――みたいなのを書こうとしてたんですが、設定が死ぬほど迷走する、初のスチパンもので書き方がてんで分からない、展開上メインキャラが4人必要、3万字じゃ何をどうやっても尺が足りない。


ひいひい言いながら4ヶ月くらい費やして完成直前にまでこぎ着けましたが、どうにも面白くない気がして全部没にしました。
(今読み返せば悪くない点も結構あったので、また書き直せるなら仕上げたいです)

この時点で締め切りまで3ヶ月。
迷っている暇はないもう得意分野に逃げよう。


そんな考えのもと浮かんだのが、「既存自作のスピンオフ」という発想でした。

そんなわけで自作「おねロリチェキスト(おロスト)」のスピンオフとして生まれたのが本作「あけないよるへとつづくみち(あけよる)」です。


ベースの時代背景は「おロスト」上巻同様1981年秋の東ドイツ。
スピンオフということもあり、「おロスト」とは真逆の方向で最悪なおねロリというのがコンセプトでした。

「おロスト」のおねロリは、倫理観皆無の最悪女×彼女に復讐を誓う復讐ロリです。
東ドイツの秘密警察のお話ですが、このふたりは良くも悪くも、東ドイツの独裁体制にあまり心を縛られていません。


なので「あけよる」では体制に縛られ、その中で生きていくおねロリを描こうと思いました。
「過去のトラウマで社会主義に狂信的忠誠を誓う、敬語腹黒密告ガール」
というカサンドラの設定はここで決まります。ラストシーンについてもこの時点でほぼ確定していました。

一方、ヒルダの設定は何度か迷走しましたね。


「体制に疑問を抱くようになった秘密警察職員」というキャラ付けは早期に決まりましたが、「体制に疑問を抱くようになった」きっかけをどこまで簡略化できるか悩んだり、武闘派であることに理由をつけたくてオリンピック射撃競技の強化選手だったことにしようとしたり……

結局ここは「なんかめちゃくちゃつよい」に収まってしまったので、バトル百合としては相当な減点ポイントだと思います。第二回では挽回したい。(※第二回の話はまだない)


というかバトル描写も他の皆さんの作品と比べて短く薄味で、アンソロ読んだとき転げ回りましたね……めちゃくちゃ悔しい……次はもっとバトル盛ります。

そんなこんなで、「あけよる」は前作没から一ヶ月とちょっとで書き上がりました。
得意分野に逃げただけあってめちゃくちゃ書きやすかったです。


実際、バトルシーンに着くまでが長いとかやっとこさ辿り着いたバトルも上記の通りとか色々反省点はあるんですが、物語の出来としては個人的にとても満足しています。

結局ヒルダは自分の聞きたい答えを言ってくれる人間を求めていただけで、カサンドラは運良く、あるいは運悪くその唯一に認定されちゃったんですよね。


もしかすると、ヒルダはカサンドラを救えたかもしれません。今後は密告なんてしなくていいよう手を回すことだってできたかも。


けれどヒルダはそんなことを望みませんし、それに繋がる選択肢はすべて潰します。
カサンドラは「東ドイツでしか生きられない罪深い女の子」でなければいけないのです。

東ドイツ消滅後にもなればカサンドラもなにか違和感を抱くかもしれませんが、その頃には後には引けないようになっています。
東ドイツも消滅してしまえば、カサンドラの正しさを認めてくれるのはヒルダだけなのですから。

ヒルダにカサンドラを手放す気はありません。
カサンドラは何にも気づかないふりをしてヒルダに縋るしかありません。

叶うはずもない祖国復権のため、ふたりは銃を取り、盲目のまま死んでいくのだと思います。

以下、いくつか小ネタを。

①ヒルカサの生年

ヒルダの生年(1953年)は東ベルリン暴動の年で、カサンドラの生年(1968年)は作中でも言及したプラハの春の年です。

民衆の立ち上がった年に生まれたふたりが社会主義体制に縋ってしまう……みたいなギャップ狙いでしたが、あんまり皮肉っぽくなるのも嫌なので全面には出しませんでした。

②作中の舞台について

・一でカサンドラが到着した駅はベルリン東駅(Berlin Ostbahnhof)を想定しています。
ベルリンの壁とほど近い距離にあり、現代でも外に出ればイーストサイドギャラリーがすぐそこにあります。

こんな場所が東ドイツのターミナル駅で、87年から98年までは「中央駅(Hauptbahnhof)」とされていたのですから驚きですよね。

本当に近いんですよ壁。地方勢とか憧れの東ベルリンに来て駅出たら壁見えるんですよ。旅行気分吹っ飛ぶわ。

・本屋やヒルダ・カサンドラの家があるのは、作中でも言及した通りプレンツラウアー・ベルクです。


ここは東ドイツ時代は建物の補修が追いつかずボロボロの建物が建ち並んでおり、貧乏学生や芸術家の街だったらしいです。
しかし東西統一後はちゃんと改修され、今はアートと若者の街として流行の中心になっているようです。


ちなみに本屋「ローザ・ルクセンブルク」ですが、東ドイツ時代の写真を漁っていて本屋に有名人の名前をつけているのをちょいちょい見た(エルンスト・テールマンやウィリアム・テルなどがありました)ので、有名な女性社会主義者であるローザ・ルクセンブルクの名前をつけました。

③「反体制派グループ」について(おロスト履修者向け)

以下はスピンオフ元の「おねロリチェキスト」履修者だけ分かる話です。
作中に出てきた「反体制派グループ」ですが、おロスト上巻の一件と関係しています。

おロスト上巻では、アメリカ工作員がポーランドの「連帯」と東独内の反体制派を結びつけようとしていました。
結果としてその前にアメリカ工作員とポーランド人は皆殺しにされるわけですが、これにより東独内の反体制派は取り残される形になります。
後ろ盾を失った反体制派が処理対象とされ、それにウェーバー一派が目をつけたのが今回の流れですね。

まあ言ってしまえばここにもミュラーが関わってるんですが、あけよる単体としては関係ないので描写しませんでした。
あけよるを短編集に収録する時とかにそのへん追加すると思います。

さて語り尽くしました。満足です。


この場をお借りして主催のあべかわきなこさん、さゆとさんにお礼を申し上げます。
一参加者として、また一読者としても大変楽しませていただきました。素敵な企画を立ち上げていただきありがとうございました。

また、ぽいぽいさんの素晴らしい表紙イラストも皆さん見ました? 当然見ましたよね。

では表紙カバーはめくってみましたか?
これ以上は申しません。さっさと確認してみましょう。

(なお表紙イラストの世界設定的なものもチラッと公開されているのです。知ってましたか?)

あと主催のあべかわきなこさんが各作品のキャラを描いてくださってたりもするので是非見てください。超かわいい……再現度高い……

それではこんなところで。


第二回バトル百合アンソロジー参加権トーナメント、楽しみですね!!

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