書評:『内乱記』(カエサル)

ガリア戦記』の続き。本当は石垣さんの訳で読みたいが、まだないので古い国原吉之助さんの訳本で。訳が違っても十分楽しめた。ストーリーの中身としては、こちらの方が面白い。ガリア戦記は蛮族相手なので楽勝が多いが、こちらは、ポンペイウスを相手にした内戦なので結構強敵である(入門編として、塩ばあのローマ人の物語Vとその前あたりを読んでおくと、わかりやすかろうと思う)。

戦術・戦闘の描写だけでなく、カエサルの苦労話が色々出てくるところがこの本の面白さだ。第三者が薄い情報で書くのではなく、戦争を主導するリーダーが自ら書いていることから、外交における深みが強い。当事者としてのストーリーが書かれているのがこの本の面白さだ。外向けに都合よく書いている部分もあると思うが、カエサルは、なるべく内戦を回避したかった、ことがよくわかる。クレメンテこと「寛容」の精神がよく分かる。

ポンペイウスの準備が整う前にイタリアを制服し、内政を落ち着かせ、マルセイユとスペイン制圧に向かう。スペイン制圧も結構水害で苦労をして、兵糧が尽きて死にそうになるが、土木で大復活を遂げる(この辺、戦い方において、日本で近いのは豊臣秀吉だよなあと思う)。

クリオ君をイタリア制覇に回し、クリオ君大活躍するが、アフリカまで制覇させようと送り出すと、見事に全滅してしまう、クリオ君、敵を侮って、深追いしすぎてしまう。そこは、放置のカエサル。

今度は、東に兵を向ける。ただ、最強水軍ポンペイウス(毛利か!)に水軍ではとても叶わず。なんとか、バルカン半島には上陸して、寡兵をもって大軍を包囲するが、仲間の将軍の裏切りもあって、陣営の中身がバレて、ポンペイウスに包囲網を突破され、カエサルは挫折する。

この敗北が、ポンペイウス側の油断を呼ぶ。テッサリア地方というギリシアの戦争でよく出てくる地域、アテネの少し上の方の平原で決戦ということになる。ポンペイウス陣営はもうカエサルに勝った気分になっていた。戦場に出たことのない元老院議員やただの政治家が、先頭の前の戦術会議に出席しているが、話す話題は、どこが誰の領土であるとか、恩賞や処罰の話で、勝った後のことを話出してまとまらない。肝心な明日の戦闘の話が出てこない。戦場慣れした将軍たちは辟易したことだろう。

こんな調子なので、戦場慣れしたカエサルはきちんと対策を取り、相手の多い騎兵を自らの精鋭歩兵で止めさせると、ポンペイウスの陣営に切り返して本陣を落とす。油断していたポンペイウス陣営は各地で崩れて、敗走。

ポンペイウスは、エジプトまで敗走するが、そこで裏切られて死ぬ。後、カエサルがエジプトの内戦に巻き込まれて云々で、この本は終わる。


感想。

ここがカエサルの人生の中ではたから見ていて一番面白いところかなあと思う。劣勢に我が軍をもって、土木の力で、大軍を打ち破る。味方の士気は高く、相手の油断は大きい。カエサルの持つ外交力、政治力の強さがよく分かるのだが、その源泉は、彼の持つ人間力、というか、人の気持ちの洞察力である。その一方で、論理的な思考も素晴らしく秀才で、落としてはいけない地点は落とさず、相手の弱い地点を着実についていくところが素晴らしい(でも、こちらは天才的ではなく、着実な努力の積み上げという感じ)。

圧巻は、最後のテッサリア地方の戦い。ポンペイウス側は圧倒的な不利を、政治の無能さでフイにする。烏合の衆というか、有力者にうまく媚びる以外の実力のない政治家の集団が群がる、というのを私も見たことがあるが、まさにこの害である。

カエサルは、この「内乱記」部分は、記録には残したが広くは出版していなかったらしい。というのは、ローマの内戦は、「今日の敵は明日の同朋」であり、この戦争でポンペイウス陣営にいた人たちを多くカエサルはその後用いている。この種の「寛容」こそ、国の内戦であろうと、大企業の中での内紛であろうと、あらゆる内戦において見習うべきであろうと私は思うのだ。



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