書評:『ガリア戦記』(カエサル、石垣憲一訳)

これが2000年以上前に生きた人の文章かと思うと、人間の文章力の発展のなさに愕然とする。きれいな文章である。とても楽しくて、次を読みたくなる戦記である。

カエサルというローマの執政官が、勝手にフランスを制覇したその紀行を自ら記録したのが『ガリア戦記』であることを、塩野七生さんの『ローマ人の物語』を読んで知った。塩野さんもべた褒めなので、これを読んでみようと思い、読んだのだが、面白い。そして、文章が簡潔で綺麗だ。話の構成も、ハラハラドキドキとしていて面白い。話の流れの方は塩野さんの本で知っていて新しさはなかった。そして、塩野さんが書き直している意味がない。全くもって、オリジナルが無駄なく、わかりやすく、話の流れも面白いからだ。

読み物として捉えると、戦いものであれば、他の近代的な作品と比べても十分に面白いと思う。三国志演技などは、随分経ってからの創作を交えた物語であるが、このガリア戦記は、1年ごとにリアルタイムに本人が書いている(正確にいうと、話したのをそのまま人に書かせているそうだ)。1年1巻出そうだ。

当時、カエサルは、ローマ市民(ローマという都市にいる人だけでなく、ローマ帝国の住民)の人気を取る必要があった。そこで、カエサルがとった方法は、ガリアの遠征と、その功績を面白おかしく書いて、ファンを増やすことだった。

カエサルは、マーケティングの天才だ。ガリア制圧自体は、実は当時の他のヒーローと比べると大したことはない。軍事的功績は、ポンペイウスの方がはるかに大きいだろう。でも、この本が面白いので、カエサルの方が人気は出ただろうし、私もこの本を読んでカエサルが好きになった。それほど、力のある本だと思う。

また、この石垣さんの訳もすごく良いと思う(私はラテン語が読めるわけでもないのだが、そう思う。翻訳なのに、文章に違和感がないし、意味も取りやすい)。この石垣さん、数学科で東大に入って、ラテン語に文転して卒業した人らしい。頭が良いというのが一点。

カエサルは、工学バリバリの理系人間だけど、文章能力の高い人である。文系バリバリの塩野さんみたいな人はカエサルの訳には向かないと私は思う。その点、理系もわかる石垣さんは淡々と訳す。と言いつつ、ラテン語もちゃんとしているようなので、カエサルの文章がそのまま訳されているのではないかと推察している。非常に日本語がわかりやすかった。カエサルの簡潔な文章がそのまま楽しめた。ラテン語の接続詞を日本語の括弧を使って書き換えるなど、より本質をついた訳を出すことで、カエサルならではの話の順番を妨げることなく訳しているのが素晴らしい。

ぜひ、『内乱記』の方も早く翻訳して、石垣さんの翻訳で読みたい。

しかし、カエサルの『内乱記』のkindle版がないというのは、日本のamazonは一体どうなっているんだろうか。本が好きな人がいないのだろうか。早く出してくれと思うのである。

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