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0.1 mm の穴を掘り進む: 細穴放電加工が拓く究極の世界 (元教授、定年退職180日目)

前回は最新モータの開発について紹介しましたが、今回はそれにも使用される「穴」をあけるための究極の技術に焦点を当てます。私はもともと化学の専門で、装置作りをしたことがなく、金属加工にはほとんど関わってきませんでした。これまで穴をあけるのは、木工で錐(きり)を使う程度で、どちらかといえば、スケジュールに穴をあけることが得意でした(汗)。


ひと月ほど前に大阪産業創造館で技術展に参加した際、「大阪のビジネスシーンを熱くする:ビープラッツ・プレス」という小冊子が配付されていました。その239号は「小さすぎてスゴイ技術」という特集で、副題に「あなたの知らない極小技術の世界へ」とあります(下写真)。

「大阪のビジネスシーンを熱くする」ビープラッツ・プレス 239号(注1)


今回紹介するのは、その中で目にした「五感を駆使し、0.1mmの穴を掘り進む」という記事です。紹介されていたのは東大阪の (株)エストロラボで、その屋号は「細穴屋」というそうです。同社のホームページなども拝見しましたが、その技術力の高さに引き込まれていきました(下写真)。特に印象的だったのは、小説家の小川洋子さんがこの会社を取材し、集英社学芸単行本として「そこに工場がある限り」というノンフィクション作品を出版されていたことです。私は早速その本を取り寄せて読んでみました(下写真:大変参考にさせていただきました)。ちなみに、小川さんの著書では、「博士の愛した数式」を以前読んで大感激しました。

 (株)エストロラボ、屋号は「細穴屋」(注2)
数々の驚くべき細穴製品(注2)
小川洋子著、「そこに工場がある限り」集英社 e学芸単行本


細穴屋は、その名の通り「ミリ単位の穴をいかに正確に、深くあけるか」を追求した会社です。例えば、ネジの溝をきれいに切るためには、その前に小さな穴が正確に下まであいていなければなりません。完成品にはその穴は見えなくなりますが、0.5mm の穴を 30cm の深さまであける技術は驚異的な精密さです。

使用している加工法は、細穴放電加工。これは一般的な切削加工とは異なり、バリ(突起)や削りカスが出ないため、どんな場所でも深く掘り進められるという利点があります(ただし、加工に時間がかかるという短所もあります)。原理としては「雷と同じ」放電現象を利用しているとのこと。電極から対象物に電気エネルギーを加え、その際に発する火花で金属を溶かし穴をあけるという仕組みです(タイトル写真:注1、下写真)。加工が非接触型のため、ドリルが折れる心配もなく、穴径の 200 倍以上の深さでも安定してあけることができ、電気が通ればどんな素材にも適用可能とのことです。

放電現象を利用した細穴放電加工の概念図:右は拡大図(注2)
作業の様子:すべて手作業で精度を合わせていく(注1)


ホームページには作業風景の写真も掲載されていましたが、10 畳ほどの明るい職場で、従業員のほとんどが女性だそうです。放電自体は静かで、町工場にありがちな騒音も少ないとのこと。驚いたことに、あまりにも精密な作業が要求されるため、すべてが手作業で行われており(全自動化も試みられたそうですが、うまくいかなかったとのこと)、マニュアル化するのも困難なのだそうです。

10 畳ほどの明るい作業場の写真(注2)


これらの細穴がネジ用なのか、空気穴なのか、ワイヤーを通すためなのか・・・。同社では完成品が知らされないことがほとんどだそうですが、職人技で挑み続けるその姿勢には、技術者として魅力を感じます。東大阪の町工場に、このような高い技術力を持つプロフェッショナル集団がいるということは、日本のものづくりの未来も明るいですね。

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<参考文献> 小川洋子著、「そこに工場がある限り」集英社 e学芸単行本

注1:ビープラッツ・プレス(239号)、大阪産業創造館(2024.08)
注2:(株)エストロラボ ホームページより https://estrolabo.com

エストロラボ (細穴屋)ホームページ

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