小説 転がる石は全て川へ~A夫とB助は首都高ドライブで気が変わった 編~
細かい四角がいくつもいくつも、かなりの速さで等間隔に流れていく。流れの速さは、A夫の気分次第で変わる。
首都高のトンネル。自信ありげな、A夫の横顔。
「首都高をロケ地にした映画でな、ソ連で制作された『惑星ソラリス』ってSFがあって。確かに首都高はSFぽいよな」
A夫は歴史や文化が好きで、よく俺が知らないような昔の映画の話をしてくれる。
スマホを見る。午前0時半。こんな時間にA夫と車に乗っている事情はこうだ。
俺がネット上で見つけた都市伝説上に載っていた住所が、たまたまA夫の知り合いの家だから、そこに向かっている。以上。
「B助。まだしばらく無いが、次のパーキングで休憩するわ」
「もちろん、運転手のA夫が決めてくれ」
都市伝説は、四人の男女がアパートの一室で、”元大統領”と称された人物を縛り付け監禁し、怪しい儀式を連日行っているというものだが、諸説ある。
車はトンネルを抜けた。暗い海。赤く光るクレーンの列。コンテナ。
しかしA夫によれば、何のことはない。元いじめられっ子で今も幸せじゃない奴。元いじめられっ子で一回儲けたが駄目になった奴。元いじめられっ子で上手く行ったけど周囲に妬まれたくなくて、隠してる奴。後よく分からない奴。この四人が、自分たちをいじめていた加害者に「元大統領」というコードネームを付けて、監禁している、という話みたいだ。
「ふっしぎだよなあ。こういう工場地帯とか近い海って、凄い無機質で均質性がある空間なのに、なんか優しいというか、落ち着くよなあ。目的地のこと考えるとちょっと憂鬱になっちゃうな……」
運転しながら一人ごとのようにつぶやくA夫。彼のシャツのポケットに入ってたスマホが、小刻みに振動する。
「わりい、B助。俺のスマホ取り出して、画面見せてくれ」
言われた通りにする。前方と画面、交互に見る彼の顔が曇り、あきらめたような、だけどどこかスッキリしたような顔になる。
「なあ、もうアジト行くの、辞めようぜ」
「……ん?突然どうしたんだ」
「いや、次のパーキングさあ。パーキングの外に歩いて出れるのよ。で、海沿いの静かなところあるんだけど、ポツンと小さなコンビニあるのよ。そこで酒買って、ダベろうぜ。季節外れの花火やってもいいしよ。で、飲酒運転にならないように、しばらく寝るなりして休んでから、次に行くところ決めればいいっしょ」
「なんか、あったのか?」
「アジト持ってる友達から連絡来て、色々工作活動がバレてアジト内での立場が急激に悪化しているらしい。でもそれすら、罠かもしれない」
「というと?」
「いや、特段根拠は無いんだけどよ。人間って一瞬の内に這い上がったり、他人を貶めたり、というのを繰り返す生き物だと思う訳。特に現代人は。その一瞬の集積が無限に近いくらい集まって、社会ができている。一瞬に全てを賭けるために、他人の暗い過去だとか、自分のつらい思い出だとかを持ち出して、時には過去を捏造や誇張までして、他人を斬るのに使う。もちろん長いスパンで何かを引きずって歩いている人がいるのは俺も認める。俺だって歴史好きだから、長期スパンの社会や人、世界の流れは興味がある。だけどそういう俺の性格を見越してさ、アジトの知り合いが、『元いじめられっ子たちが人を監禁してやらかしてる』なんて話をバラまいてさ、俺をアジトに呼びつけてるとしたら、悪趣味が過ぎるし、絶対そこで良い思いはしないだろ。俺たちも。最悪逆さ吊りにされてロウソクでも垂らされるんじゃないか。知り合いってもSNSで知り合って一回お茶したくらいの人間だしな」
「全ては飲み込めないけど何となく、言わんとしてることが分かった。まあ歴史好きのA夫が、一瞬の嫉妬し合いみたいなのに興味持ってるのには、俺も理解できなかったしな。飽きちゃったんだな」
「そう。ただ、無数の一瞬が生まれる背景や社会構造には凄い関心あるけどな。それこそ巨大な歴史の流れの一つさ。今走ってる高速道路と同じ。例えばここから名古屋まで数時間はかかる。だけど、100年以上前の人から、したら、東京から名古屋まで数時間で行けるというのは、それこそ、『一瞬』のことなのかもしれない。そんな『一瞬』を大量に走らせ、運んでいる高速道路が凄いように、俺は歴史に興味がある」
「だけど歴史というのは、他人を自分と比べて笑ってるんじゃ見えてこないよな」
「そう。さすが。視野がそれじゃ狭いからね。そういう話が分かるB助といた方が、まだ歴史は見えそうだ」
「アハハ、照れるな」
~続く 次はC美とD子のアジトへのドライブ編 お楽しみに!!~