神野明さんの思い出
学生時代のことです。学生寮に住んでいました。そこに住んでいる学生のほとんどはまったく知らないことでしたが、同じ敷地内にある洋館で、いろいろなもよおしがあったみたいです。そのうちのひとつとして、ピアニストの神野明(じんの・あきら)さん(以下、神野明先生と、「先生」付けでお呼びすることをおゆるしください)と、あとひとりのかたの2人による、クリスマス・コンサートが、毎年、行なわれていました。ある年、私は、寮の関係者から、その会に誘われました。椅子並べを手伝うなら、タダで聴かせてあげよう、ということでした。私がよく会議室などを借りて、フルートの練習をしていること、そして、その年の会には、フルーティストが出演することから、誘ってくださったみたいでした。それで、私は、椅子並べを手伝うことを条件に、その会を聴くことになりました。
そのフルーティストは、名前も顔も演奏も、覚えていないのですが、終わったあとの食事会で、びっくりしました。ほんとうに「上流階級の集い」なのです!世の中には、そういう集いがホントにあるのだな、と、びっくりしました。芸大のフルート科に在籍なさっている学生さんがおられ、私が高木綾子さん(当時、芸大の学部に在籍中でした。そのころからうまいことで有名であったようです。現在、高木綾子さんは、母校の准教授)と同門であったことを言うと、驚かれたりしました(有名な人を知っていて得をした例)。高木さんと同じく、私たちも金昌国先生に習っているのですよ、とか、おっしゃっていたと思います。とにかく、そのクリスマス会には、その後、毎年、参加するようになりました。椅子並べを条件に、無料で…。
そのうち、神野明先生と親しくなりました。演奏も、神野先生の演奏が最も印象に残っています。神野明先生は、開演のだいぶ前から来ておられ、ひとりで椅子並べをする私(私が椅子並べのようなものが苦手であることは何度か書いていると思います。「気がきかない人への福音」をご覧ください。リンクがはれなくてすみません)をご覧になって、「すみませんねえ。私も、このあとピアノを弾くのでなければ、手伝うんですけど」なんておっしゃるかたでした。何年か聴きましたので、記憶が混じっていますが、神野先生の演奏で印象に残っているものは、モーツァルトの「きらきら星変奏曲」や、ドビュッシーの「沈める寺」などです。また、神野先生は、リストを得意としているようで、これはコンサートが終わって、食事がはじまってからの即興の余興でしたが、(そのころ、フジコ・ヘミングが出始まったころで、話題になっていました)「これは世界でいちばん難しいピアノ曲と言われています」と言いながら、リストの「ラ・カンパネラ」を披露されました(ボロボロでしたが笑)。また、これはサロンコンサートで、神野先生の軽いトークがはさまれるのですが、「リストはたくさんの弟子を教えましたが、一回もレッスン料を取らなかったそうです。これは、われわれには考えられないことでして」とおっしゃっていたことを思い出します。(神野先生は、日大と芸大のピアノ科の先生でした。レッスン料を取らないでたくさんの弟子を教えたリストを、ほんとうに尊敬しておられたのです。)日大と芸大の教え子さんを、たくさん引き連れて、発表会のごとく、ご自分の「前座」として、弾かせたこともありました。そのなかに、ワーグナー=リストの「(トリスタンとイゾルデの)愛の死」を弾いた学生さんがいました。神野先生の曲目紹介で、神野先生は、一貫して「愛と死」と言っておられました。もちろん、これは「愛の死」の間違いです。おそらく神野先生は、「前奏曲と愛の死」という言い方に惑わされたのだと思いますが、あとからお伝えに行こうと思っていて、これは言いそびれました。また、2次会、3次会とお付き合いしたこともありましたが、神野先生のお弟子さんで、卒業の演奏として、リストの「ダンテを読んで」に取り組んでおられる学生さんとも話しました(やはり神野先生はよほどリストがお好き)。その学生さんは、迷っているけれど、院に進もうとされていました。ピアノで食っていくのは、ものすごくたいへんな、せまい道です。私もそのころ、数学で食おうとしていた、「迷える院生」でしたので、大いに共感しながら、その人の話を聞いたことを思い出します。私はダメだったけど、その人はどうしたかな。さて、神野先生の会は、何年か聴いたあと、その寮を出てからは、お会いしていません。おそらく、「あのクリスマス会で、毎年、椅子並べをしていた学生」と言えば、思い出してもらえるのじゃないかな、と思っていましたが、あるとき「神野明」で検索してびっくり。なんと、2009年に、61歳で亡くなっておられるではないですか。61歳は若いなあ…。残念なことです。
というわけで、神野明先生の思い出を書きました。神野明先生のCDとしては、外山雄三と共演した、西村朗(にしむら・あきら)の「2台のピアノと管弦楽のためのヘテロフォニー」があります。あと、ツェルニーのエチュードのCDも聴きました。西村朗のCDは、買いたいと願いながら、買っておらず、聴けていません。もう手に入らないかもしれませんね。
以上です。
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