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おすすめの曲③:ユーのファンタジー

 以前、「レッスンで習った珍しいフルートの曲」という記事で、「多くのフルートを習っている人でも知らないような、極めてめずらしい曲」を一気にご紹介いたしました(リンクがはれなくて申し訳ございません)。この「おすすめの曲」というシリーズの記事のなかでは、「フルートを習っている人はよく知っているけれども、一般の音楽ファンには、ほとんど知られていないような曲」というものをご紹介したいと思います。つまり「フルート業界曲」ということです。

 なぜ、「業界曲」という「ジャンル」があるのか、少し理由を書きますね。

 たとえば、フルートは、少なくともロマン派の時代、ソロ楽器とは見なされていなかったので、フルートを独奏とするような作品は、極めて少なかった、という事情があります。事情はホルンでもハープでも変わらず、管楽器全体にそうであって、ホルン界にも「ホルン業界曲」の世界があり(ホルンの友人がいたので、だいぶホルン業界曲に詳しくなってしまいました)、あと、吹奏楽の世界にも、「吹奏楽をやっている人のあいだでだけ有名な」「吹奏楽業界曲」の世界があります。もちろん、ヴァイオリンやピアノにも「業界曲」はあるのですが、ヴァイオリンやピアノの名曲のかずかずに比べたら、フルート(など管楽器)はずっと(いわゆる)「名曲」(クラシック音楽ファンがよく知っている名曲)は少ないのです。ヴァイオリン協奏曲と比較してみましょう。ベートーヴェンも、メンデルスゾーンも、ブラームスも、チャイコフスキーも、ブルッフも、サンサーンスも、グラズノフも、シベリウスも、ショスタコーヴィチも、フルート協奏曲を書いていません!(もっとも、チャイコフスキーって、タファネルのためにフルート協奏曲を書く予定があったみたいですけどね。「悲愴」を書いて死んでしまった。完成していれば「ロココ変奏曲」のような、「軽い」曲に仕上がっていたような気がします。歴史に、たらればはないですけど。)われわれフルートの人間は、たくさん管楽器のために協奏曲を書いてくれたモーツァルトに感謝するばかりです。

 さて、では業界曲って、音楽的価値はないのではないか?と思われたかもしれませんが、そのようなことはありません。真に名曲と言えるような業界曲は、少なからずあるのです。今回、紹介する、ジョルジュ・ユーの「ファンタジー」もそんな曲のひとつです。8分ほどの小品ですが、鑑賞するに値する名曲です。近代フランスの音楽を愛するかたには、ぜひお聴きいただきたいと思います。

 でも、どれだけこの曲が知られていないか、ということで、以下のようなエピソードがあります。ずいぶん前の話ではあるのですが、東京を去ってからの話ですので、ここ15年以内の話です。ある大きなCD屋さんで、「ユーのファンタジーをください」と言ったら、果たしてそのような曲があるか、店員さんに、不審がられてしまったのです。19世紀フランスと私は言いました。つづりも、HUEとつづってUの上にウムラオト、「ヒュー」みたいなつづりであること。相変わらず店員さんは「ユーの幻想曲ですか…」と半信半疑みたいなご様子。(「ファンタジー」と「幻想曲」は同義です。)そこで、私が、ゴールウェイも録音してますし、というと(じつはモイーズも録音していますが、いまさらモイーズ盤を出されてもしかたがないので)、急に顔色が変わり、検索をはじめ「申し訳ございません、お客様、2つしか、ございませんので…」と言い始まりました。どうやら、ゴールウェイ盤とヴァ―レク盤を見つけたみたいでした。この地は地方都市(いなか)ではありますが、それくらい、「ユーのファンタジー」って知られていないという証拠みたいな話でした。

 さて、私がこの曲をレッスンで習ったのは、それよりもずっと前、東京で学生をしているころで、そもそも25歳の大病を患って、フルートが極端にへたになってしまうよりも前の話ですので、よほど前です。あのころ、私は、どこへ行ってもプロと間違われるくらいにうまかった(自分で言ってりゃ世話はない、ということになりますが、ほんとうでした)。この曲も、人前で披露はしなかったのですが、人前で披露できるレヴェルにまで仕上げました。録音が残っていないのが極めて残念です。

 さきほども言いましたが、8分くらいの単一楽章の作品で、ファンタジーという曲名らしく、形式のないような作品です。やたらかっこよく始まり、ゆっくりしたテンポの前半、テンポが上がって盛り上がる後半からできています。まだ、印象派の影響は受けておらず、どちらかと言えば「ロマン派」と言ってよい作品です。ユーは、ローマ大賞を受賞しているそうです。すごい作曲家ですが、私は少なくともユーの作品は、この曲しか知りません。

 フルート業界の人の多くは、みんなよーく知っている作品ですので、おそらく、手軽にYouTubeなどで聴いていただけると思いますが、ナクソス・ミュージック・ライブラリ(NML)だけでも、相当たくさんの録音があります。以下に書くような、デュフォーのような有名人も録音していることだし、もうCD屋さんの店員さんが知らないなどということはないのでしょう(それとも、みんな検索がじょうずになって、いちいち覚えていなくても仕事ができるのか?)。

 そういえば、1997年、私がまだ微妙にこの曲をレッスンで習う前でしたが、ニコレが日本に来て、リサイタルを開いたとき、ひとつはオール・バッハ、ひとつはピアノ伴奏のプログラムでしたが(私はバッハのほうを聴きに行きました)、そのもうひとつのリサイタルのほうで、ユーのファンタジーをプログラムに入れてあったのです!ニコレは、レパートリーには厳しい演奏家で、ほんとうにいいと思った作品しか演奏しません。そのニコレが、この曲を取り上げている!…聴けばよかったかもしれません。ニコレ、この曲の録音はしなかったみたいです。

 おすすめする録音をいくつか挙げます。

 デボスト(フルート)、イヴァルディ(ピアノ)。
 デュフォー(デュフール)(フルート)、コアンハオ(ピアノ)。
 ゴールウェイ(フルート)、モル(ピアノ)。

 まず、デボスト盤。デボストはパリ音楽院管弦楽団、パリ管弦楽団で吹いてきた達人で、その美しい音色、ちょっといい加減なアンサンブル、フランス人っぽい吹き回しなど、このユー作品を演奏するにあたって、まことに適格な奏者です。これは、おもにフランス近代のフルート曲ばかり集めたアルバムに含まれる録音で、アルバム全体がすばらしいです(私がレッスンで習った曲も多く、私はこれらのアルバムから、結婚披露宴でのBGMを構成しました)。デボストはあまりにいい加減なので、よく音を間違えていることもあるのですが、このユーのファンタジーは間違いはないみたいです。

 つぎ、デュフォー。デュフォーはフランス出身、シカゴ交響楽団首席奏者を務め、現在はベルリンフィルの首席奏者を務めるすごい人で、ほんとうにうまい人です。やはりフランスものには抜群の適性を示すようです。このアルバム、すべて「ファンタジー(幻想曲)」と言われる作品から構成されており(フォーレ、ゴーベール、ユー、ドップラー、タファネル、ボルヌ)、選曲もみごとなアルバムです。なぜ、このデュフォーをさしおいてデボストを先に紹介したかと言いますと、デュフォーも「そこはフラットではなくナチュラルなのではないかい」と思うところがあって(違う楽譜を使っていると言われたらそれまでですが、おそらく間違い。こういうレアな作品は、ピアニストも気が付かないし、レコーディングの人も気が付かないのでしょう。ピアニストが音を間違えるケースもある)、二番目の紹介となりました。でもいい演奏ですよ。

 三番目に、ゴールウェイの演奏。さっきもちょっと触れたやつですが、これも、音を間違えています。ゴールウェイもそれはひんぱんです。このアルバムも、ちょっとデボストのアルバムに似て、私もやったことのあるような曲が出て来て、なかなか「業界曲」で固めたマジメなアルバムです(ゴールウェイは、もっとくだけたアルバムもけっこうあるので。基本的になんでもやる人)。とにかくうまいので紹介しました。ゴールウェイは確かにアクが強いイメージがありますが、うまいものはうまいので、文句は言えない感じです。

 このほか、上にもちょっと触れましたが、フルートの神様モイーズも録音しており、また、NMLだけでも、いろいろな演奏がありますので、どうぞ聴き比べてみてくださいね。

 さて、まだ話の続きがあります。どうやらこの曲、本来は、ピアノで伴奏するのでなくて、オーケストラ伴奏の曲のようなのですね。ピアノ譜に、「オーボエ」とか「弦」とか書いてある。しかし、これを生で聴く機会は極端に少ないでしょう。わずか8分ほどの協奏的作品を生のコンサートでやることはめったになくなってしまった。しかし、レコーディングは少しありますので、みていきましょう。

 まず、上記のデボストが録音している(ロト指揮のCD。ロトってアブラハムの甥みたいな名前ですが(ごめんなさい、聖書ネタ)、このレコーディングよりのち、ぐっと有名人になった人気指揮者です)。しかし、この録音のときのデボストはあまり調子がよくなく(お歳?)あまりおすすめできません。そこで以下のをおすすめします。

 ベネット(フルート)、ベッドフォード指揮イギリス室内管弦楽団。

 このアルバム、ピアノ伴奏で慣れ親しんだフルートの「業界曲」をつぎつぎとオーケストラ伴奏で聴かせてくれるすぐれたCDで、ただ、フォーレのファンタジーで編集ミスがあるのは惜しい(だからみんな知らない曲だからね)。ベネットは、まさにこのイギリス室内管弦楽団で吹いていた人で、そのソリストとして登場しています。すばらしい演奏だと思います。

 というわけで、「フルート業界曲だけれども、もっと一般の音楽ファンにも親しんでほしい曲」ということで、今回は、ユーのファンタジーを紹介させていただきました。よろしくお願いします。

 以上です!

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