榎本武揚のシベリア日記について

こないだ別ジャンルのお友達と飲みにいったら、話の中で「シベリア日記って面白いの?」って興味を持ってくれたので独断と偏見で紹介しようと思います。

シベリア日記とは榎本武揚がロシア公使辞任の帰途、1.3万㎞に渡ってシベリアを陸路横断した際に綴った2ヶ月間の旅行記です。彼の死後発見され、ありがたいことに書籍化されてる。
タイトル通りジャンルは日記とされてますが内容のレベルがもはや日記じゃない。え、これが日記? わたし旅日記ってどこへ行って何を食べて美味しかったイヤッホー!くらいのことしか書きませんけど!??? (比べる相手が間違ってる)
訪れた様々な土地の風土、経済、政治、そこで暮らす民族の生活から当時の物価まで広範囲にわたり詳細に記しているので、分かる人が見たら資料としてかなり面白いんだろうなぁと思います。ロシア政治を長年研究していらっしゃる木村汎さんが寄稿で榎本の洞察力の深さを絶賛してたそうですが、そのへん詳しい知識がない身としては街並みの描写がすごく精緻だなという印象でした。あと、ところどころ挟まれるの榎本さんのユーモラスな感想が絶妙。元々公開を前提に書かれてないのでだいぶわりと好き放題言ってる。宿泊先のロシア美人にうきうきしたり、お魚に舌鼓をうったり、その他にも日常の様子がとても良い感じに描写されていて普通にエッセイとして面白い。とくに南京虫のくだりは読み手に強烈な印象を植えつけることに成功しており、宿泊先で、馬車で、常に彼らの脅威と真っ向から戦う様子は壮絶の一言に尽きる。もはやサブタイトルがシベリア日記~南京虫との仁義なき戦い~でも決して過言ではないというか固有名詞の中でもかなり上位にあがってくるしなんなら登場率ナンバーワンじゃないか南京虫(ワンドロイス) 。
駆除しても駆除しても出てくる南京虫に夜中睡眠を妨害され、怒りに震え、とうとう深夜にろうそくを使って虫を焼き殺す様はだいぶ壮絶を極めてる。もはや南京虫絶対殺すマン。きみ戊辰の時だってここまで特定の相手には殺意抱いてなかったよなと思わざるを得ない。某鬼の副長さんが捕縛した浪士を拷問する際逆さに吊って五寸釘打った足裏にろうそくの蝋を流し込んだ話は有名だけど、拷問に比べてこっちは本当に焼き殺してるあたりある意味彼の方が殺意が強いんじゃないかと思う。
最初は旅先の小災難の記念と前向きに捉えてたけど、次第に「虫」「虫ども」「我が大敵なるワンドロイス」と呼び方も殺意に比例しクレッシェンドしているよ大丈夫かな。かわいそうが一周回ってもはやネタなんですが、本人は至って深刻だし最後は潔く敗北を認めているあたりなんかもうあれ、当時彼に同行してた仲間たちはさぞやかける言葉に困ったと思う。おつかれみんな。
ちなみにこのワンドロイスこと南京虫、現在も普通に元気に自然界に生息してるんですが、一世紀半のうち遺伝子変化したのか所謂市販の殺虫剤が効かず、薬剤師認可のいるような医薬品で殺さないと無理みたいな文書をネットで見て恐慌しました。おい余計強くなってんじゃねえかと彼岸で机を叩く榎本さんが浮かびますよね。どうどう。

ところで全権公使としてロシアに渡った本来の目的はふたつでして、一つは樺太を巡る北方領土問題の解決。もう一つは、マリア・ルス号事件の裁判(明治五年、横浜に立ち寄ったペルーの船に乗っていた労働者とは名ばかりの中国人奴隷を、日本の独断で帰国させペルー側から訴えられた事件。当事者だけではことが収まらず、仲介裁判という形でロシアに判断が委ねられた)でした。これだけでも結構な過密ぶりなのに、政府から「ついでだから露土戦争の現状も現場の目線で報告してよ!」とジャーナリストまがいのことを頼まれたり(予定よりも帰国が伸びてしまったのはこの辺が原因。国内ではちょうど西南戦争が起こったりして明治政府がすったもんだしてる時ですね)  いよいよ帰国となった時は特に公に頼まれてないのにわざわざ調査のためとシベリアを横断して陸路で帰国したり(その時の記録がシベリア日記) 相変わらずのタフっぷり。なんかもういつ寝てるんですかって思ったけどあんまり寝てないんですよね南京虫のせいで。 

冒頭でも述べましたが、たぶん大繁栄期のロシアに興味ある方とか地理とか文化に詳しい人なら本当に楽しく読めるんだろうなあと思います。今のように写真が普及してない当時の人達の、目で見たものや感じたものをなんとか言葉にして残そうとする熱意は本当に頭が下がるなと思いました。
もうちょっと地理を勉強したいです。

なお、現時点で市場に出ているのは講談社学術文庫から出ている原作と、平凡社ライブラリーから出てる現代語訳バージョンかと思われます。わたしは読解力の関係上、原作はところどころ言い回しがわからないものや読めないところがあったので、原文の雰囲気を維持しつつも易しい言葉で書かれた現代語訳はかなり役立ちました。
でも個人的にこの本の最大の魅力はたけあきの言い回しがかわいいところだと思うので、原書をぜひ……ちょいちょいかわいいんだってほんと……語尾とか……あと渡蘭日記も載ってるのでお得。たまに出てくる絵もめっちゃ好きです。的確なのだろうけど上手いのか下手なのかよくわからないのが可愛い。

某ミュージカルや舞台や小説など、どこの榎本も各々魅力的だなと思いますが、日記を読む限り史実最大手の言葉を噛み締めざるを得ない。いやもうなんでそんな愉快なんだ。フォロワーさんがこんな面白い人は他にいないから300年くらい生きて欲しかったとか言ってましたけどまったくわかりが深い。惜しい人をなくしましたね……早すぎたよ榎本さん…… このひと現代にいたら絶対フォロワー4万くらいは固いんじゃないかと思うし人気ブロガーだし出版した本のサイン会があったら間違いなく朝から並ぶ。

なお、この感想は全て個人によるところなので気に触るところや解釈違いやそもそも間違ってるところがあったらごめんね。先に言えよって話だね。

以上、偏った読書レビューでした。

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