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【考察】戊辰戦争の真の目的-草稿 北方防衛と満州建国-【備忘録】

1、官軍の戦費調達はロンドン

西郷と勝は、隠れ出雲族だと思っている。幕末から維新にかけてやわらかな文明開化を実現しようと思っていたに違いない。

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薩摩は、討幕の戦費を、”ロンドンのオリエンタル銀行”から借りた。明治になってからの鉄道敷設費用も技術も英国から導入している。鉄道は狭軌だ。距離はフィート。

薩摩は、英国王室の力を借りて、東征をした!

東京城は、英国王室がつくったかもしれない。

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これは、グレゴリウス暦前のことだ。

2、賊軍の領地没収とその後

戊辰戦争で、官軍に抵抗した賊軍と言われる諸藩は、藩の領土を大きく削られた。

会津藩(松平容保=斉昭の甥)は、87%
長岡藩は、67%
仙台藩は、55%
桑名藩(松平定敬=斉昭の甥)は、45%
など

藩を離れた武士たちは、北海道開拓使となった。

ここで、気づいたのが、北海道へ行った人たちが住んでいた土地は、かつての出雲族が定住していた土地ではないか!

蝦夷島を、北海道と名付けたのは、徳川斉昭の著書”北方未来考”に書かれている。中納言水戸斉昭は、ロシアの南下に備えて、「蝦夷島を水戸によこせ」と言っていた。

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榎本武揚は、1868年に、蝦夷共和国の独立宣言をした。
一部を、ペルシャに99年レンタルをして資金調達をした。

西郷は、租界となることを恐れて、返済した。

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