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4ヶ月連続出版のラストは思い入れの1冊

 まもなく発売になる「羊子と玲 鴨居姉弟の光と影」の見本が届いた。表紙のデザインは画像で見ていたけれど、こんな手触りの本になったのかと、しみじみ。これほど時間がかかった本は初めてだし、ようやく、ここまでたどり着いて、もはや感無量状態。
 主人公のひとりである鴨居羊子は、セクシーで可愛い下着を、初めて日本で流行らせた人。昭和30年代から50年代頃まで時代の寵児で、11PMなどに出演し、彼女を特集したグラフ雑誌まで出た。もともと新聞記者だったから文章も上手くて、文化人でもあり、司馬遼太郎や今東光、岡本太郎などと友好関係にあった。
 彼女を小説にしようと決めたのは、ずいぶん前だったと思う。オルビスの連載「時代を生きた女たち」で、鴨居羊子を取り上げたのが2017年の5月号だったから、今から6年前には、もう注目していたのだ。小説として着手したのも、かれこれ3~4年前だったと思う。
 当初、軽い感じで書き上げたものの、読んでくれた人からは「鴨居羊子が何をした人なのか伝わってこない」と指摘された。私としては彼女の業績を書きたかったわけではなく、彼女の家族の物語を書きたかったので、まったく違う方向に行ってしまったなと反省。そこで、ほとんどすべてを捨てて、鴨居羊子と、その弟で画家の鴨居玲のふたりを主人公に、交互の視点で全面的に描き直した。
 鴨居玲は暗い絵を描く人で、最近は人気が高まっているが、40歳を過ぎるまで鳴かず飛だった。新聞人として名をなした父は早世し、玲をかばい続けた母は長く寝たきりで、姉の羊子が全面的に暮らしを支えた。仲のいい姉弟だったけれど、玲は創作に行き詰まって自殺。
 でも、ふたり視点で書き換えてからも、すんなりとはいかなかった。だいたい私は歴史小説家なのだから、幕末ものとか戦国ものを描いていればいいものを、こんな現代小説に近いものを描いたところで歓迎してくれる出版社はない。だが、もうだいぶ踏み込んでしまって、後には引けないし、どうしても本にしたくて、いっそ公募の賞に応募しようかとまで覚悟した。
 そのつもりで何人かに読んでもらい、それぞれから感想を聞いた。懇意の編集者には仕事を離れて読んでもらったし、昔の同僚にも家族にも、また女性にも男性にも意見を聞いて、そのたびに直して直して、限りなく直し続けた。
 わが亭主は研究論文を書く人なので、あまり人の意見を聞くと、文章の勢いがなくなると言って嫌う。でも私は、そうは思わない。ひとりでも執筆意図と違う感想を抱く人がいたら、同じように感じる読者は山ほどいる。できるだけ多くの読者を納得させないと、小説は成り立たないし、そもそも人の意見に左右されて勢いがなくなるようでは、作家としてアウトだと思う。
 結局「羊子と玲 鴨居姉弟の光と影」は、公募に出す直前に、河出書房新社で拾ってもらえた。出版が決まってからも、まだまだ手を入れ続け、再校でも新原を書き加えた。本来なら再校は、初校で直した部分の確認だけなのに。
 これほど思い入れの強い作品が、順調に売れるとは思えない。評価されるかどうかは、いよいよ怪しい。でも鴨居玲は創作に苦しんだ画家だから、私自身が苦しまない限り、彼を描けなかったんだろうなと思う。
 とにかく本にできた。あー、頑張った。あー、本にしてもらえてよかった。この作品に引きずられたおかげで、1年3ヶ月もの間、1冊の本も出なかったのだ。まずは手を離せて、ホッとしている。
 内容的にいいんだか悪いんだか、もう自分で判断がつかなくなっているし、今まで私の本を愛読してくださった方々には、ちょっと意外に思われる題材かもしれない。でも読んでみれば、きっと気に入っていただけると思うので、ぜひ! 自分で、これほどハードル上げちゃって、大丈夫だろうか?

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