べき、べき、べき

嫁の務めだから
私がやるべきと思っていたことがたくさんあった。
お世話になってるから
私がやるべき、と。
子供のために
私は我慢すべき。

そう思ってきたし、そうしてきた。
でも、芯のない私でも、許せないことはある。
何度考えても納得いかないこともある。私にも悪いところはあったとは思う。けれど、私だけが悪かったわけじゃない。
なのに、なぜ、私だけが謝って、なぜ周りはそれで良しとしたのだろう。
結局は私のことを軽く見ていたし、私の方が悪いと思っていたからなのだろうか。

12月に、義実家から飛行機の距離から、新幹線の距離にまで引っ越す。
年末年始はこれまで毎年、義実家に滞在していたが
今年からはそうしないことになった。
元々、私の苦手な動物がいるわけだから、夫には嫌だと伝えていたけど
金銭的にホテルに泊まるのは厳しかったし、わがまま言うわけにも…と思って我慢してきた。
でも、夫自身が義父とはうまくやっていけないと判断したため、これからは滞在しなくて済む…はずだ。

夫の気が変わったら分からないが。
私だけでも拒否したい。
きっと、義母は是非泊まっていってね!と言うだろう。
夫もそれで気が変わるだろう。
その流れで泊まったとして、嫌な思いをするのは私になるのだ。
そこが、「私だけが我慢すれば済む問題」になるのだ。
今まで、その繰り返しだった。
いつも我慢するのは私。
今回は絶対に阻止する。
子供たちがかわいそうだろうが、なんだろうが
こんなに根が張るほど嫌な思いをしたのだから
拒否する権利はあるはずだ。

夏から、一度も、共有アルバムに子供たちの写真を載せていないし
テレビ電話を掛けてもいない。
息子の誕生日に一度だけ、テレビ電話が来たが
それっきり。
今までは、嫁の務めと思って
私がかなりの頻度で写真を送っていたし
テレビ電話も月に2回はするようにしていた。
近くに住んでいれば、毎週、家に訪問していた。
苦手な動物がいれども、我慢してやってきた。

それがパッタリ途絶えたのに、特に孫の写真を欲しがってくることもないし
様子を聞いてくることもない。
今まで、私が、いろいろと気を揉んでやってきたことは
彼らにとっては、必ずしも必要なことでもなかったのだろう、と思った。
それか、私に遠慮しているのだろうか。

友人にその話をしたら、そんなの夫に任せたらいい、と言われた。
写真を送りたいなら、夫が送ればいいし、連絡とりたいなら、以下同文。
なるほどな、と思った。
そういうふうに、さっぱりとした関係性だとしても
子供たちは、誕生日にプレゼントは貰えるし、お正月にはお年玉、クリスマスにはプレゼント。
私が頑張らなくてもいいんだと、ぼんやり理解した。

よく思われたくて頑張ってきたけれど
ただ、私が私の中の理想の嫁を自分に押し付けていただけだった。

べき、べき、べき
と、なんでも自分に押し付けず
したいことを掘り下げていこう。

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