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ツートンのギター奏者紹介 山下和仁

異色の天才ギタリスト
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山下和仁
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ポータル クラシック音楽
山下 和仁(やました かずひと、1961年3月25日 - )は、日本のクラシック・ギタリストである。

略歴 編集
1961年長崎県長崎市に生まれ、幼い頃から父山下亨にギターを学ぶ[1]。16歳の時にラミレス(スペイン)、アレッサンドリア国際(イタリア)、パリ国際(フランス)の世界三主要ギター・コンクールにいずれも史上最年少記録の16歳で1位となる。

通常のクラシック・ギターのレパートリーのみならず、超絶技巧を駆使したオーケストラ作品の編曲でも知られ、アントニオ・ヴィヴァルディ「四季」(ジャズギタリストであるラリー・コリエルとのデュオ)、イーゴリ・ストラヴィンスキー「火の鳥」、アントニン・ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータや無伴奏チェロ組曲、フランツ・リストの「ハンガリー狂詩曲第2番」などをギター独奏に編曲、特にモデスト・ムソルグスキーの「展覧会の絵」(ドイツ・レコード賞受賞)の全曲演奏が知られている。

その音楽性とテクニックは作曲者にもインスピレーションを与え、「アストラル・フレイクス」(渡辺香津美)、「天馬効果」(吉松隆)など多くのオリジナル作品が彼に捧げられている。近年は藤家渓子の作品に加え、アジアの新進作曲家のオリジナル曲の紹介に力を入れている。また、妹山下尚子とのデュオも高い評価を受けているほか、子ども3人との合奏も始めた。

主なコンクール歴
主な学歴
主な初演歴
演奏活動の特徴
その他エピソード
レコーディング歴
脚注・出典
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山下 和仁(やました かずひと、1961年3月25日 - )は、日本のクラシック・ギタリストである。

略歴
主なコンクール歴 編集
(課題曲および自由曲は、本選での演奏曲)

1971年11月、第17回九州ギター音楽コンクール(主催:九州ギター音楽協会)次点入賞。
課題曲/J・S・バッハ「無伴奏チェロ組曲第1番」(BWV1007)よりプレリュード
自由曲/エイトル・ヴィラ=ロボス「練習曲」より1番
1972年12月、第18回九州ギター音楽コンクール優勝。
課題曲/シルヴィウス・レオポルト・ヴァイス「ファンタジア」
自由曲/フェルナンド・ソル「グランソロ」Op. 14
1973年11月、第16回ギターコンクール(現東京国際ギターコンクール、主催:日本ギター連盟)3位入賞。
課題曲/マヌエル・ポンセ「ギターとハープシコードのためのプレリュード」(アンドレス・セゴビア編による独奏)
自由曲/J・S・バッハ「無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番」(BWV1004) よりシャコンヌ
1976年12月、第19回ギターコンクール優勝。
課題曲/早川正昭「プレリュード」
自由曲/マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ「ソナタニ長調 ポッケリーニ賛歌」
1977年9月、第18回サンチアゴ・デ・コンポステーラ国際コンクール(スペイン)[2]優勝。
課題曲/ホアキン・トゥリーナ「ファンダンギリョ」
自由曲/ホアキン・ロドリーゴ「祈祷と踊り」
1977年10月、第10回アレッサンドリア国際コンクール(イタリア)優勝。
課題曲/ロドリーゴ「アランフエス協奏曲」より第1・第2楽章(オーケストラ伴奏はミラノ・オーケストラ)
自由曲/本選での自由曲はなし
1977年10月、第19回パリ国際ギターコンクール(フランス)優勝[3]。
課題曲/ソル「『わたしが羊歯だったら』の主題による変奏曲イ短調」Op. 26
自由曲/ベンジャミン・ブリテン「ノクターナル」Op. 70
主な学歴
主な初演歴
演奏活動の特徴
その他エピソード
レコーディング歴
脚注・出典
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関連ページ
フルートで演奏される曲目
ヘアマン・ダーヴィド・コッペル
ミヒャエル・ナナサコフ
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山下 和仁(やました かずひと、1961年3月25日 - )は、日本のクラシック・ギタリストである。

略歴
主なコンクール歴
主な学歴
主な初演歴 編集
山下和仁はリサイタルでの世界初演を行う前、まずは父でありギターの師である山下亨が運営する長崎ギター音楽院の定例サロンコンサートで演奏し、観客の反応を試してから世に問うという経緯を必ずとってきた。よって厳密に言えば、どの曲も世界初演会場は長崎ギター音楽院となる。ここでは、世界初演曲は、リサイタルにおけるそれらを列記する。

1978年3月19日、東京・ヤマハホールにてデビューリサイタル。
曲目はJ・ S・バッハ「無伴奏チェロ組曲第3番」(BWV1009) 全曲、アレクサンデル・タンスマン「ポーランド風組曲」、ブリテン「ノクターナル」Op. 70, ソル「グランソロ」Op. 14, カステルヌオーヴォ=テデスコ「ソナタニ長調 ポッケリーニ賛歌」、フェデリコ・モレーノ・トローバ「ファンダンギリョ」(アンコール1)、イサーク・アルベニス「セビーリァ」(アンコール2)、エンリケ・グラナドス「ゴヤの美女」(アンコール3)、マヌエル・デ・ファリャ「三角帽子」より「ファルーカ」(アンコール4)。
「ゴヤの美女」および「三角帽子」よりファルーカは、レコード・CD未収録。
1978年11月30日、大阪・毎日国際サロンにて、J・S・バッハ「無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番」(BWV1004) 全曲(山下和仁編)を世界初演。
「無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番」はシャコンヌのみがセゴビアの初演などで知られていたが、全曲演奏は世界初。
1980年10月14日、千葉県文化会館にて、ムソルグスキー「展覧会の絵」全曲をクラシック・ギターで独奏。
「展覧会の絵」 はそれまで第4曲「古城」のみセゴビア編が存在したが、全曲をギターで独奏するという試みはそれまでになかった。
曲目は、ソル「魔笛の主題による変奏曲」Op. 9, トマゾ・アルビノーニ「アダージョ」(山下和仁編)、レノックス・バークリー「ソナチネ」Op.51, J・S・バッハ「組曲3番」(BWV995)、フランシスコ・タレガ「アルハンブラの思い出」、ムソルグスキー「展覧会の絵」全曲。
「アダージョ」はレコード・CD未収録。
1981年10月21日、長崎市民会館にてベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」Op. 61全楽章を世界初演(オーケストラ伴奏は、山下亨指揮による長崎ギター合奏団)。
さらにこのリサイタルでは、ドヴォルザーク「交響曲第9番ホ短調 新世界より」第2楽章のギター独奏も世界初演された。
曲目は、前半が山下の独奏で、渡辺香津美「アストラル・フレークス」、フェデリコ・モンポウ「コンポステラ組曲」、ニコロ・パガニーニ「カプリス24番」。後半が長崎ギター合奏団との共演で、ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」Op. 61全楽章。アンコールは、ファリャ「三角帽子」よりファルーカ(アンコール1)、合奏との共演でヴィヴァルディ「ギター協奏曲ニ長調」(アンコール2)。
なお、全く同じプログラム内容で、1982年2月10日に東京中央会館にて催された。オーケストラ伴奏も同じく山下亨指揮による長崎ギター合奏団。
1983年3月15日、長崎市公会堂にてリスト「ハンガリー狂詩曲第2番」世界初演。
長崎県出身の優れた芸術家の業績顕彰に催されたもので、声楽家(バリトン)の勝部太、ヴァイオリンの福田恭子、ピアノの峰涼子と共演。3月15日・16日と、同一プログラム内容で2夜連続で行われた。
プログラムの最初は山下のギター独奏ではじまり、ヒメネス「『アロンソの結婚』より間奏曲」、タレガ「アルハンブラの思い出」、ドヴォルザーク「交響曲第9番ホ短調 新世界より」第2楽章、最後に世界初演曲のリスト「ハンガリー狂詩曲第2番」で締めくくられた。
1984年9月26日、セージョン文化会館(韓国ソウル)でのリサイタルのアンコール曲で、パブロ・デ・サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」を初演。
この曲はレコード・CD未収録。
なお「ツィゴイネルワイゼン」の日本人ギター独奏は、クラシック・ギター専門誌「現代ギター」1971年9月号によると、山下に先がけて1971年7月8日中林淳真(安田生命ホールリサイタル)の記録が残されている。
1984年6月29日、カナダ・トロント国際ギターフェスティバルにて、ファイナルゲストとして客演。
ソル「魔笛の主題による変奏曲」Op. 9, J・S・バッハ「無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番」(BWV1004) よりシャコンヌ、武満徹「フォリオス」、ブリテン「ノクターナル」Op.70, ムソルグスキー「展覧会の絵」全曲、シベリウス「蜘蛛の歌」(アンコール1)、ヘロニモ・ヒメネス「『アロンソの結婚』より間奏曲」(アンコール2)、ファリャ「三角帽子」よりファルーカ(アンコール3)、グラナドス「ゴヤの絵」(アンコール4)。
聴衆は約800人。うちギタリストは約450人で、ギター界の重要人物(レオ・ブローウェル、バルエコ、デイヴィッド・ラッセル、アリス・アーツ、マターニヤ・オーファ、ジョージ・ウォーレン、オデット、ホルムクィスト、メルカダル、サケラリュー、カスナー、フォレスト、ダナーなど)も会場で見守る中で行われた。
1984年8月31日、東京・簡易保険ホールにてストラヴィンスキー「火の鳥」世界初演。
ステージ後半の、ジャズギタリストラリー・コリエルとの二重奏によるヴィヴァルディ「四季」全曲も世界初演。
1985年6月27日、東京・新宿文化センターにて、山下尚子との二重奏でニコライ・リムスキー=コルサコフ「シェヘラザード」全曲を世界初演。
1985年8月27日、埼玉県春日部市・春日部市民文化会館にて、山下尚子との二重奏でJ・S・バッハ「フランス組曲」第6番 (BWV817) を初演。
「フランス組曲」はレコード・CD未収録。
1986年2月20日、長崎市民会館にて、ドヴォルザーク「交響曲第9番ホ短調 新世界より」全曲を世界初演。
曲目は、トゥリーナ「セビリアーナ」、J・S・バッハ「無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番」(BWV1004) よりシャコンヌ、タレガ「アルハンブラの思い出」、ブリテン「ノクターナル」Op.70、ドヴォルザーク「交響曲第9番ホ短調 新世界より」全曲。
「セビリアーナ」はレコード・CD未収録。
1986年12月6日、東京・サントリーホール開館記念オープニングシリーズに客演。
十束尚宏指揮・NHK交響楽団により、バークリー「ギター協奏曲」、カステルヌオーヴォ=テデスコ「ギター5重奏曲」、ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」Op. 61、グラナドス「ゴヤの美女」(アンコール)を演奏。
1988年8月8日・9日、長崎現代画廊にて、J・S・バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」全曲演奏を世界初演。
長崎現代画廊は長崎ギター音楽院と兼ねているが、定例サロンコンサートでなくリサイタル形式で催された。2日にまたがるプログラムであり、初日の曲目では、「無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番」(BWV1001) の前にJ・S・バッハによるリュートむけのオリジナル曲「プレリュード・フーガ・アレグロ」(BWV998) および「リュート組曲1番」(BWV996) 全曲がおかれた。同じプログラムが、1989年12月16日・17日に東京・カザルスホールでも行われた。
1989年7月8日、カザルスホールにて、カステルヌオーヴォ=テデスコ「ゴヤによる24のカプリチョス」全曲を世界初演。
なお、同年8月に録音され、1991年4月に発売されたCD「ゴヤの24のカプリチョス」(CROWN: CRCC-6) は、1991年度の洋楽部門で唯一の文化庁芸術作品賞を受賞した。
1989年9月16日、カザルスホールにて、50分にもおよぶハンス・ヴェルナー・ヘンツェの大曲「カンマームジーク1958」全曲を世界初演。
この曲はレコード・CD未収録。
1994年5月18日、カステルヌオーヴォ=テデスコ「プラテーロとわたし」全曲世界初演。
2006年2月16日、東京・トッパンホールにて、フランツ・シューベルト「6つの楽興の時」Op. 94全曲(ガネシュ・デル・ヴェスコヴォ編)を世界初演。
この曲はレコード・CD未収録。
演奏活動の特徴
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山下 和仁(やました かずひと、1961年3月25日 - )は、日本のクラシック・ギタリストである。

略歴
主なコンクール歴
主な学歴
主な初演歴
演奏活動の特徴 編集
ギター独奏によるオーケストラ曲の編曲と演奏 編集
ある意味では山下の代名詞になっているのが、それまでは誰もが考えもしなかった、ギター独奏によるオーケストラ曲の編曲と演奏である。

これは1980年代に集中しており、ムソルグスキー「展覧会の絵」(1980年)に始まり、その後、ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」Op. 61(1982年)、リスト「ハンガリー狂詩曲第2番」(1983年)、ストラヴィンスキー「火の鳥」(1985年)、ドヴォルザーク「交響曲第9番 新世界より」全曲(1986年)、妹・尚子とのデュオによるジャン・シベリウス「フィンランディア」(1985年)、リムスキー=コルサコフ「シェヘラザード」(1985年)と続いた。

1990年代以降は、2000年のビートルズ曲集というポピュラーものを除いて、ギター独奏によるオーケストラ曲の編曲・演奏・録音はない。

「展覧会の絵」「ハンガリー狂詩曲」「火の鳥」は長らく演奏されていないが、ドヴォルザーク「交響曲第9番 新世界より」第2楽章のみ、山下は近年でも好んで演奏している。

大規模な編曲、演奏と録音 編集
1990年代以降の山下に特筆される活動は、J・S・バッハによる「無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ」全曲、同「無伴奏チェロ組曲」全曲、同「リュート組曲」全曲、カステルヌオーヴォ=テデスコによる「ゴヤによる24のカプリチョス」(1991年)、同「プラテーロとわたし」(1997年)、そして「黎明期の日本ギター曲集」(1999年文化庁芸術祭大賞を受賞。2002年に第2集)などのギター本来のレパートリーやオリジナル作品に見られる。特に、「ソルのギター曲全集」(1989年)は、CD16枚にもおよぶ大きな企画であった。

内外の作曲家への委嘱と多くの献呈曲 編集
先に述べたような膨大なレパートリーを持ちながら、なおかつギターのための新しいレパートリーの獲得にも積極的で、内外の作曲家たちへの働きかけ、また共同作業などにより、作曲家よりギターオリジナル曲を献呈されている。

チノ・トレド(フィリピン)、チナリー・ウン(カンボジア)、ロス・カレイ(ニュージーランド)、ナロングリット・ダーマブトラ(タイ)などのアジアの作曲家や、ガネシュ・デル・ヴェスコヴォ(イタリア)によるシューベルト「6つの楽興の時」Op. 94がある。国内では渡辺香津美「アストラル・フレイクス」、吉松隆「リトマス・ディスタンス」「ギター協奏曲天馬効果」などの献呈曲がある。

また、藤家渓子の「ギターソナタ青い花」他多数の独奏曲、ギターデュオ「彼女らの美しき生活」、3つのギター協奏曲、ギターが重要な役割を担うモノローグ・オペラ「蝋の女」「赤い凪」などの作品も、積極的に取り上げている。

ギター合奏で培ったアンサンブル能カ 編集
山下はソロ演奏の研鑚を積む一方で、師たる父・山下亨が率いる長崎ギター合奏団にも所属し、ギター合奏によるギター協奏曲や一般のオーケストラ曲の演奏に親しみ、アンサンブル能力を磨いていた。かつて「ギター合奏をやっていたので『展覧会の絵』を編曲しようという発想が出た」と明言して、ギター合奏の可能性を力説していた。

ギター協奏曲への積極的な取り組み 編集
山下は1979年、18歳にして日本人としては初めてギター協奏曲を録音している。曲はロドリーゴ「アランフエス協奏曲」と、カステルヌオーヴォ=テデスコ「ギター協奏曲第1番」Op. 99で、オーケストラ伴奏は東京フィルハーモニー管弦楽団。

その後、パイヤール室内管弦楽団との「アランフエス協奏曲」再録、ロドリーゴ「ある貴紳のための幻想曲」、ヴィヴァルディ、フェルディナンド・カルッリ、マウロ・ジュリアーニ、バークリー、カステルヌオーヴォ=テデスコ(ギター協奏曲全3曲)、野田曄行、吉松隆、藤家渓子などの多くの協奏曲を演奏・録音している。

中でも特筆すべきは、ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op. 61」をギター用に編曲・演奏・録音したことであろう(1982年)。この曲は、1986年12月6日のサントリーホール・オープニングシリーズでも、NHK交響楽団の共演で演奏された。

多数の海外の一流演奏家との共演、豊富な海外演奏歴 編集
今までの共演者として、ジェームズ・ゴールウェイ(フルート、元ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席奏者)、ヴォルフガング・シュルツ(フルート、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団首席奏者(当時))、ゲーリー・カー(コントラバス)、ラリー・コリエル(ジャズギター)、東京カルテット、パイヤール室内管弦楽団、ヤナーチェク室内管弦楽団、イ・ソリスティ・ヴェネティなどがいる。

また日本国外においても、1984年トロント国際ギター・フェスティバル以降、毎年のように海外の国際フェスティバルに招かれて出演している。

その他エピソード
レコーディング歴
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