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桑原甲子雄 写真展 「昭和6×6」

書きあぐねているうちに、会期が終わってから日が経ってしまった。
四ツ谷のギャラリー・ニエプスに、都合3度くらい通ってじっくりと。

写真集『東京昭和十一年』で知られる故桑原甲子雄氏が、第二次世界大戦以前に撮影した作品を展示します。
ライカ使いで知られる桑原氏の珍しい中判カメラによる作品です。
今回ギャラリーニエプス代表の中藤毅彦がプリントを手掛けました。
桑原氏ならではの視点で切り取られ残された、昭和初期の街の様子や市井の人々の生き生きとした姿を是非ご覧ください。

ステートメントより

ライカで撮影したストリートスナップで知られた桑原甲子雄の、ローライフレックスで撮影した未発表のネガが発見されて、それを中藤毅彦がプリントしたもの。

本人使用の物・・・ではないが、同機種を備えて祭壇に。ワインを献じる。

80年から前のネガである。
保存状態が良かったとしても、作品として展示出来る質のプリントに仕上げるのは簡単な作業ではない。
当時と今とでは印画紙の性能も異なり、近年の環境に配慮したものは黒も締まりにくい傾向にある。
そこをなんとかしたのが、自らの作品を秘術を尽くして作品に仕上げて来たプリントマンとしての中藤の腕であり、ネガに残る情報を取捨選択して作品として再構築した写真家としての中藤のセンスである。
飛ばさず潰さず、且つ平坦にはせず、ネガの状態そのままではなく、しかし解釈しすぎず。
ベレニス・アボットのプリントしたアジェのネガのような、強い違和感はない。

撮影者としての桑原甲子雄は限りなく透明に近く、こちらを見ている人も、意識を向けている人もほとんど写らないのが特徴なのだけれど、今回発表された一連の作品群には、その桑原甲子雄の写真世界に

・こちらを見ている人
・こちらを意識している人
・撮られる為に画面の中に居る人

が存在するものがある。
桑原作品世界のオープンセットに、役者が入り込んでいるような、不思議な感じ。
そうではない作品の方が多いが、それ故にカメラを意識している人の存在が際立つ。
その一つが、市川の街角の看板の集積した、フライヤーにも使われているカット。

「静かな離れ座敷あり」「御同伴には是非、、、、」のあづま旅館の看板の下に、婦人科と花柳病科の吉岡醫院の看板。
その前でアステア気取りのポーズを取る学帽被った青年。
看板の、貼り紙の一枚々々から、当時の風俗が読み取れる。

勝どき1丁目と3丁目の境目当たりの岸壁から、開場間もない築地市場を撮ったカット。
水上生活者のものと思われるダルマ船越しに見える市場は真新しく、右側画面外では勝鬨橋が工事中。
左側に越中島の高等商船学校のものと思われるカッターが写っている。
水面にはゴミが浮かび、油膜が張り、「よその海の磯の香り」と「都市河川の臭気」が綯い交ぜになった在りし日の築地を思い起こさせる。

東本願寺境内の縁日らしきカット。
今では藤まつりと盆踊りくらいにしか賑わいの無い東本願寺の賑わいの様子も珍しく、崩れた丸髷を結って、着物に前掛けの面魂もたくましいおばさんに江戸のよすが。

バス、撮影会、登山

当時流行の流線形のバスで軽井沢に繰り出して、鬼押し出しでモデル撮影会と洒落込む若い衆・・・を引きで撮った図。
etc...

ライカでのスナップと同じく、画面内の情報量が多く、濃い。
そして、スクエアフォーマットできっちり切られた構図。
精査して再評価されるべき写真群だと、私は思う。

そして、夏季賞与が出たらプリントを購おう・・・と思っていたら、出るには出たものの
「家屋保険の更新が・・・」
「医療費が・・・」
「結社の同人会費が・・・」
と見る間に漸減してしまい、絶望のうちに観覧記も放置してしまったのであった。

(2023.07.22 記)

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