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8woman エイトマン×西田幸樹写真展(再訪)

特典会の時間を避ければ落ち着いて見られるだろうと言う目論見は外れ、盛況。
日を改めて口開けの時間に出直す。

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エレベーターを降りて受付へ。
記名などは求められず、検温と手指の消毒のみ。

外光が入る東側の窓には遮光素材のタペストリー、入ってすぐの区画には壁一面の巨大プリントが2面。

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ここでまず大きさに圧倒され、大きさの感覚も狂う。

開場してすぐに入ったが、既に先客が4人。 写真そのものを落ち着いて見るために早めに来る需要もそれなりにあるようだった。

窓と言う窓は全て遮光され、消防法で定められていて塞ぐ事の出来ない緊急時の排煙用の窓以外は作品で塞がれている。
天井の蛍光灯は消され、照明はスポットのみ。
備品としてのスポットは総動員だが、一燈二役になっているものもあり、写真の総面積に対して足りていない様子。

スポットライトと言えばスポットライトなのだけれど、照射範囲は調整出来ないものなので、黒の羅紗紙で筒を作って灯火管制。

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この筒も、当てる範囲や作品との距離を考えて長さを変えたり、切り欠きを作ったり。

南側の壁に飾られたひときわ大きな乳房のアップは、直接光を当てず、3燈を一旦床に当てて、照り返しで見せていた。

暗がりの中に展示して、スポットで浮かび上がらせる展示方法。
東京都写真美術館や世田谷美術館での写真展で見たことはあるが、ルデコでここまで作り込むのは初めて見た。
点数も多く、その分密集している部分もあるのだけれど、暗がりの中に浮かび上がる分、一点々々に没入しやすく、煩わしさは感じなかった。

見取り図の上に段ボールを切り貼りして壁立てた施工模型が置かれていた。
もう少し大きなものも作り、スマートフォンのカメラを通して見ることで、実際にどう見えるのかを詰めて行ったとのこと。
作業予定などのメモも書き込まれていたのだけれど、片隅に「予算」の文字。
伊達と酔狂がテンコ盛りになったこの写真展、相当な持ち出しだったのだと思う。

壁一面に大伸ばしにされた作品は、どれも目を奪われる出来だったのだけれど、中でも「8人横並びで背を向けて立ち、葵つかさだけが振り返っているもの」「8人が何らかの寓意を持って配され、振る舞う泰西名画のような群像」に唸らされた。

柱や梁などの配置の関係で隘路に成ったり袋小路に成ったりしている部分。
限られた視野、否応なく寄ってみる事になる距離感。 肉体に包囲殲滅されるような仕掛け。

壁一面の大作が迫りくる感じなのに対し、小品(と言っても、巨大なプリントが当たり前のようにあるから相対的に小さく感じられるだけで、通常の展示ならLサイズにあたる)は吸い込まれるよう。
押したり引いたりで翻弄してくる。

一人ひとりを撮り分けた小品。 売れたものには印が付くので、保険屋のグラフのように人気が残酷に可視化されてしまうのではないかと危惧したが、葵つかさの売れ行きが飛び抜け過ぎていて、そちら驚きだけが残った。
エディション限定で、埋まったものは売り切れ扱いになるのだけれど、それでも購入したいと言う要望はあるようで、展示作品の差し替えも行われていたのだけれど、されが3回転する人気ぶり。

小品で唸らされたのは、吉高寧々を窓越しに撮ったカット。
手前にある緑がガラスに映り込み、奥にあるシャンデリアが妖し燈り、その間に吉高寧々。
表情も相俟って、儚くも美しい。
人物の左右の部分は緑が映り込み、中央には入らない。
黒い衝立を持って影を作り、角度を変えることで映り込みの幅を調整。

同じ場所に横向きに立たせた葵つかさ。
振り向いた顔に意識が向きが、よくよく見ると前後から光を当てて立体的に躰を描き出している。
(この辺りの「どう撮ったか」は、在廊していた西田幸樹からの聞き書き。私には読み解けない。)

8人のモデルそれぞれに、どう撮れば映えるかについての思考と実践が行われているのだけれど、撮られる側がどう応えるか、応えられるかで+αが付く。
吉高寧々と葵つかさは頭抜けて巧い。

初会で圧倒され、裏を返しても混乱し、三度通って漸く落ち着いて見ることは出来たが、まだ何か見落としているような気がする。
最終日も足を運ぶことにした。

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(2021.11.06 記)

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