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ココロテン(再訪)

コンセプトとしては面白そうだったのだけれど、実際に足を運んで見たら地獄の釜の蓋が開いていたココロテン。
どんな地獄なのかつぶさに見てみたくなったのが九割九分、空いている時間帯に行けば印象も変わるのではないかと言う淡い期待が一分。
ほぼ、横山源之助モードで再訪。

混み合う前なら受ける印象も異なるかと思いきや、そもそもシステムとして機能不全。
良いところが見つからないどころか、駄目なところしか目にも耳にも入って来ない。

作品の前に立てるのは二人くらい。
QRコードを読み込んでから朗読音声を聴き終えるまでにそれなりの時間が掛かる。
視覚と聴覚に集中した来場者は周囲に注意を払わなくなる。
写真展として開場する前に朗読の枠があるにしても、口開けの時間帯で場内が疎な状態で、既に滞留が発生。
主催者としてそれをコントロールする動きは無い。

音を聴かせる展示にしているのに、主催者と出展者の話し声、映像展示の音が大きい。
来場者から質問を受けると、自作の前に立って朗読音声に耳を傾ける客が居ようがどこ吹く風、「待ってました」とばかりに自作語りを始める鼻出しウレタンマスクの出展者。
これが実に煩い。
主催者も来場者を捕まえて歓談し、チェキ撮影などの小銭稼ぎに勤しんでいる。

挿絵として一枚で語り切れる写真を撮れている出展者も、それで終わらせずにゴテゴテと。
オマケで足を描き加えたものは、最早蛇ではない。

天井に近いところまで貼り重ねたもの。
照明が当たっていないというか、そもそも当てる気も無いので、反射したり光が足りなかったりで見えにくい部分は出来る。
どう見せるかは考えた形跡があるが、どう見えるかはまるで考えていない。

「考えるな、感じろ」式の、表現の稚拙さを感覚で誤魔化そうとして意味不明な文字の連なりになってしまった「小説」と称するもの。
添える写真も当然「考えるな、感じろ」式のものになる。

意味ありげなポエムの出来損ないに、それっぽい写真を合わせる。
「東京カレンダーごっこ」と考えると辻褄は合う。

準備期間の長さの割に、あらゆるものが粗雑で稚拙。

さて帰ろう、・・・としたところで、思わぬ足止めを食らう。
エレベーターホールで特典会のチェキ撮影が始まった。
一枚、二枚、三枚。 終わる気配が無い。
あまりのバカバカしさに笑いが込み上げる。
バカバカしいと言うか、バカ丸出しと言うか。
動線を作るとか塞ぐとか、それ以前の問題で、何も考えていない。

場の状況を読まない客が突っ込んで行ってチェキ撮影は中断。
その隙にエレベーターに乗り込む。

写真展としては最低最悪な代物だったが、地獄巡りとしては、こんな面白い見世物もなかなか無い。
次回にも期待したい。

(2023.04.23 記)

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