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SFショート

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黄瀬が書いた、空想科学のショートストーリー
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2020年11月の記事一覧

石柱

 何かの拍子に、手から石柱がでた。  恐ろしいことに、まだで続けている。  発生からはや一時間だが、そろそろ東京タワーを越えそうだ。  周囲は封鎖され、自衛隊がわたしに静止を呼びかけている。  無駄だ。わたしだって止め方なんて知らない。  ただ、伸びていくんだからしょうがない。  発生から二十四時間。  もはや立っていることも辛くなってきた。  眠気と空腹で、体は限界である。  高度は415,000メートルを越えている。指先に宇宙を感じるような気がする。

雨の匂い

 髪の毛は、柔らかい方が好きだ。  空気が混じった、体積をもつふわふわではなくて、  髪質そのものが柔らかい方がいい。  君の、やわらかな波が頬を撫でた。  肩口まで切りそろえた黒髪が、旅先の風雨でたなびき、流れている。  バス停、時刻表を凝視。  君の視線が――見つけた――という具合に固定される。  まばたきが愛おしい。  布地の天井から、こぼれ落ちた水滴が、まつ毛の上ではねる。  まばたき。  わたしを、勢いよく振り向いた君の頬は、膨らみ気味だった。 「

寒中

 秋の朝露が冷たく肌を刺すように、  池に張られた水もひどく冷たい。  君のつややかで、新雪のように白い脚が、ふくらはぎの上の方まで水面に突き刺さっている。 「こうすると、血流がまんべんなく全身に広がる」  朝の日課だと云った。  わたしには、あまりに冷たくて、すぐにやめてしまった。 「脚は第二の心臓だ、ほら、君も」  わたしは首を横に振り、拒否する。 「そう云わずに、さあ」  右手がきつく握られる。暖かい手のひらだった。  ぐい、と勢いよく引き起こされ、

きりさめ

 秋の降雨は、渇いているから冷たい。  吹きつけられる水滴の重たさに耐えられずに、  古びた葉が、離れて、舞い落ちている。  電柱には、迷い猫の張り紙が掲げられているが、  じっとりと水分を含んでしまって、インクが滲んでいる。  ああ、わたしの猫、どこへ行ってしまったのか。  この間の霧雨の日は、わたしの膝の上にいた。  寒々しい世界を拒絶するように、暖をとって眠っていた。  冷たい雨を浴びて、じっとりしながら彼を探す。  彼も、ふわふわの毛にたっぷりと霧雨

大洋

 雨はからきしやんで、  教会の大きくあつらえられたガラス窓から、  刺すように鋭い陽光が、突入してくる。  浸水が始まったので、わたしは、その窓ガラスの手前、  ちょうど人が一人座れるくらいのスペースに移動していた。  人々が腰をかけるベンチは、没して、歪んで見える。  パイプオルガンはもうだめだな。五百年ものなのに、もったいない。  今回の雨で、海水面は十メートルは上がっただろうか。  この数年で、一番の降水量だった。  うちの教会が沈めば、この国に、も