アンチェインド・スター

 夜、ママはぼくに外の世界の話をする。ぼくが一度も見たことのない世界の話だ。この石の箱には、ママのほかに大人の人が何人か。みんな手錠と足かせをつけていた。ぼくにとって、ここは世界だった。生まれたときから、ずっとそうなのだ。
 ほとんど水みたいなスープを二人で分けてすすって、ぼくの頭を撫でたあと、ママは魔法の布を織りに行く。
「ハル、ここでいい子にして待っててね」
これが、ぼくにとっての日常だった。

 外から爆発の音が聞こえるようになってから一月ほど。ぼくはママに抱えられて地べたに座っていた。
「そろそろここが襲われるらしい。それに乗じて抜け出す」
 股ぐらの間から一枚の紙を取り出しながら、囚人の一人が言う。変に湿っているそれには、襲撃の計画が書かれていた。決行は、一週間後の夜。
「なあ、セラ。あんたの魔力ならこの手錠壊せるんじゃねえか」
「壊せるだけだよ。これは相当強力だ。私にはこの子もいる」
 ママが答える。少しだけ腕の力が強くなった。

「全員、壁に手をつけて並べ! これより身体検査を実施する」
 青い服の看守がやってきたのは、決行の日の夜だった。例の紙が出てくるまで、大して時間はかからなかった。
「これは……おい、総員警戒態勢だ。早く伝えろ! ……囚人番号24601、脱獄を企てていたな」
 看守が銃を向ける。そして、撃とうとしたその瞬間。
「伏せて!」
 ママの声。考える前に、ぼくは地面に飛び込んでいた。直後、閃光。ママの方を見ると、両手両足の枷は弾け飛んでいた。
 看守の反応は速い。彼はママに拳銃を向け、引き金を引いた。ママはぼくに微笑みをなげかけて、壁の方を指さしながら倒れていく。ママの頭の上半分が吹き飛んでいた。
 風が吹く。ぼくは外を見る。ママの閃光が壁に穴を開けたのだろう。はるか上には無数の星があった。下の方には燃える都市があった。ぼくは石の箱を飛び出して、星海と炎の波打ち際に身を投げた。

【続く】

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