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トメの、僕の家に来るまでの話

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保護犬といっても、一匹一匹に、それぞれに事情があるようで、
トメの場合は、ブリーダー犬だったらしい。
要するに、子供を産まされ続けてきた母親犬だ。

トメは可愛い(親ばか)。
だから、きっと、可愛い子を産む母親として、
ひたすらに子犬を産まされ続けていたのだろう。

世の中には、もう身体がボロボロになって、
目も見えない、歩くこともできない状態になるまで、
ずっとずっと子供を産まされ続ける母親・父親犬がいる中で、
トメは、比較的若いうちに、役目を終えさせられたようだった。

「まだセカンドライフがある子だから」とちゃるさんは言った。
(ちゃるさんは保護してくれた女性だ)

それでも十分な栄養が与えられていなかったのか、
保護された時は痩せこけていて、毛も十分でなかったらしい。
保護されて、身体を現れて、フードを与えられて、
トメは少しずつ元気になっていた。

僕と会った時には、そんなにガリガリな印象はなかったけれど、
「鼻のところに傷があるでしょう?」と言われて、
確かに、不思議な傷跡があった。

「檻から鼻を突きだしていて、できた傷かもしれないね」と、
ちゃるさんは静かに言った。

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トメは鳴かない。
たまに掠れた声で遠吠えみたいな鳴き方をするけれど、
基本的には、ずっと無言だ。

ちゃるさんはトメの頭を撫でて、「東京で幸せにね」と言った時に、
「この子、声帯手術されているかもしれないね」とつぶやいた。
おそらく出産をさせられている日々の中で、鳴き続けたのかもしれない。
それを疎ましく思ったブリーダーが、手術をしたのかもしれない、と。

栃木の広い空と広い土地からトメを東京に連れて帰る時、
「この子の第二の人生を、どんな風に豊かにしてあげようか」と
僕は旦那さんが運転する車の後部座席に座りながら思った。

隣には布製のケージに入って、緊張しているトメがいる。
僕が逆の立場なら、「どこに連れていかれるのだろう…」と、
不安に押しつぶされてしまいそうな状況で、
トメはジッパーの隙間から鼻を突きだして、
クンクンと僕の手の匂いを嗅いでいた。

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「トメは、人懐っこいの。人を怖がらないし、人を嫌わない」
「ブリーダーにひどいことをされたとしても、人が好きみたい」

ちゃるさんは優しい眼差しでトメを見つめて言った。

「あなたたちなら、きっと大丈夫だと思うから。
 トメをよろしくね」

本当は茶色い合皮の首輪を買っていたのだけど、
ちゃるさんのところで売っていた黄緑の首輪が可愛くて、
ちゃるさんから引き取った記念にしたくて、僕はそれを買った。

あれから数年が経過しているけれども、
散歩の時、留守番の時に、トメの首には、
ちゃるさんから購入した首輪をつけている。

トメはあの日から始まった第二の人生を、今、謳歌できているだろうか。

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