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【note79枚目】 #ペダステ すごかったなぁって話。

 お疲れ様でした。このご時世、集客のある興行を打つにも何かと気を使う。興行主も、足を運ぶ客としても、対策が見えてきているとはいえ種類の違う気がかりはつきもの。怪我なく、感染報告なく、全日程を終える事ができて本当に良かったなと思います。お疲れ様でした!

 私は大阪公演のうち2公演に足を運びました。当然ですけど、勇翔くんが出演しているので行きました。2.5次元の舞台を見るのはいつぶりかな?『闇狩人』ぶりか?高杉真宙と横浜流星のW主演。今思えば貴重だなぁ。それ以来。あとは刀剣の作品をDVDで見せてもらったり。

 アニメでインターハイは全部見たから、今回の準備といえば今回の主題『SPARE BIKE』をアマプラで見たくらい。サンキューアマプラ。

 2.5次元の作品は特殊だなと思うんですよ。役者と役の間に「キャラクターデザイン」という一種の確固たる答えがある。

 私はプレーヤーをやった事がないので垂れる能書きもそれを表現する語彙も特になくて、自分がこう感じるなーという事なんですけども。役を見つめて役者が奥行きとその基礎工事を作って行って、他の人物と関わり合って建て増ししていく。外観を模様替えして、建て増され、公演期間やその回ごとにリノベーションや改築されていった住宅の集合体が「作品」と思ってるんですけど、2.5次元は住宅の外観や住宅風景を変える事が出来ない。絶対的な答えって感じがある。絶対的に変わらない住宅風景の中に、今日はお庭を増築してみました。とか、カーテンを模様替えしました。など、持ち主の遊び心や解釈の見方を変えてみた表現を垣間見するのが楽しいなぁと感じた。

 自転車競技を「ハンドルを構えてランニングフォームと組み合わせて滑走を表現する」のは、写真で見ても実際動いてるのを見てもなかなかシュール。順位の入れ替わりや下りの疾走感、上りの過酷さが痛みとして伝わってくるような舞台芸術……うーん。表現や演出はとてつもない。見ていて爽快で、見ていて苦しい。役者さんたちも汗をかいて涙を流して歯を食いしばって作り上げたんだろうなあ。

 特に特徴的だったのは、傾斜のついた大きな舞台装置。

 これをアンサンブルのみならず、メインの役者も入れ替わり立ち替わり動かして表現のピースになっている事。これは驚いた。しかも、動かしている時も「そこにいるけど、そこにはいない黒子」ではなく、「感情を持ってそこに存在している」ような表現が加えられている。無機物を表現する事もある役者たち。そんな感情豊かな無機物ないよ?となかなかのスパイスになって舞台に存在していたのが印象的だった。

 今回のSPARE BIKE編は、主人公・小野田坂道が1年の頃の3年生たち(総北、箱根、呉南、京都伏見)の過去と大学生の始まりまでをまとめた外伝的な作品。

 私はアニメが第一印象としてあるから、舞台を見て「ああ、あの声が聞こえるし、キャラクターデザインも崩れてない」という印象を受けたけどこれが舞台に対する正しい表現なのかはわからない。たぶん間違ってる。でも、アニメで見た人たちが「目の前にいた」んだよなぁ。

出会いと別れ、仲間

 出会いが生む新たな1歩は荒北や待宮のエピソードで色濃く出てたように感じた。彼らの場合は訳あって0からではなくマイナスからのスタートに、仲間や自転車という最高の出会いが重なったことの幸福感と、飛び上がるために低くしゃがむ事のもがきがあったように思う。荒北のエピソードは演じる時人くんのソロパート歌唱があったり、曲調も力強くて1番好き。彼は歌って踊って…って活動やってた時もあるらしい。納得の歌唱表現でした。

 反対に、金城のエピソードは別れが生む勇気と1歩といった感じで。慕っていた人が遠くに行ってしまう喪失感で道を見失う。それでも1歩前へ。演じる林田さんが顔をぐしゃぐしゃにして、汗をぼたぼた流して演じる姿が、「あの金城にこんな時期があったなんて」と知る時のインパクトと相まってかなり胸を打たれました。

 ここまで書いて思ったんですけど、荒北・待宮・金城は同じ洋南大学に進学してますね。偶然なんかな?

 京都伏見・石垣のエピソードは、仲間がいる事で得られる心強さなのかな?インターハイでのボトルの受け渡しにはかつての自分自身を重ねて心が動いていたのかも。エピローグでは、京都から上京して仲間がいない寂しさに立ち向かおうとするけど挫けてしまう(スーパーのりんごを見て崩れ落ちるのかわいすぎん?)ところに、福富・新開と出会って、再び自転車競技に挑む決意を固めているし。

 新開単体のエピソードはなかったけど、福富が現れる場面に必ずいてる。「俺のアルバム、どのページにもお前がいるな」という『カミナリ/10』でのやり取りを思い出してほっこりしていた。中高大一緒なんてなかなかない。

 出会いという切り口だと、「熱中出来ること、奥に眠る情熱」に自転車を通して出会うエピソードの東堂や、「貫き通す、その背中を押す人物」との出会いが描かれていた巻島もそうなのかもしれない。個人的にこの2人は切り離せないよなぁと思ってたらインターハイの山岳賞のエピソードがしっかり出てきて震えた。

また逢おう

 尊敬する先輩たちが卒業してしまってもう会えない…と悲しむ小野田に「道はずっと続いているからまた会える。また集まろうな」とオールキャストで歌う後味の良さ。エピローグで早速先輩たちが各大学で再会してるのおもしろすぎません?

 キャラクターたちのこれからに続く道だけではなく、このキャストたちにも「また集まって」ほしいんですよね。これは客としてのメタ的な感想なんですけども。公演の終了とともにカンパニーは解散になりますけど、それぞれの表現者としての道は続いてるし、どこかでまたジャンクションがあるかもしれない。それが舞台・弱虫ペダルだったら尚よし。またこのキャスト陣で、このキャラクターたちの道の先を見たい。そう感じました。

価値観変わる出会い

 今までどんなに好きな役者が出る舞台でも「同じ作品を何回も見る意味がわからない」自意識があって、複数回鑑賞することはほぼなかった。でも、大阪2公演を劇場で、東京1公演を配信で鑑賞して、回や場所が変わったらこんなにも受ける印象が変わるものなのかと衝撃を受けた。特に今回初舞台だった東堂役・遼太郎くんと、石垣役・岡田くん。はじめての子は吸収率が良すぎる…………間の取り方、抑揚のテンション、がらりと変わってた。衝撃。

 あとは新開役・高田舟くん。彼は終始勇翔くんと同じ場面にいる&「新開隼人」というキャラクターがもたらすインパクトでもう抗えるはずなく気づいたら目で追っていた。これから活動を出来るだけ見ていきたい俳優さんです。

外で見た推し

 便宜上、グループ「外」での活動ということで「外」と表現してます。

 オタクとしては、こうして同世代同年代の俳優活動を主軸にしている人たちと混ざることで、溝を開けられているように感じるところもあるのではないだろうか。アイドル的な活動に嫌気がさすのではないだろうか。などと勘繰ってしまう事もある。実際に本人がどう感じてどう考えているかはオタクが知る事ではないけど。今回の歌唱パートやダンスパートを見ていると、舞台の誰にも見劣りしない存在感と表現力が歌唱とダンスで生きていたように感じた。アイドル的な活動も無駄になってないんじゃないかなって。これは推してるオタクとしての贔屓目も込み込みなので適切な評価ではないな。全く別のところからの意見が欲しい。

 本来、2020年に上演予定だったところを2021年の上演に調えられて、無事幕を下ろす事ができて本当に良かった。オモテ、ウラ、全ての関係する方々。お疲れ様でした。ありがとうございました。

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 心が満たされた後の1杯、美味すぎる。

 常にソロ活動なので密にならずに打ち上げが出来ました。飲みながら友達にラインを送りまくった。早く、酒を飲みながら感想を分かち合える世の中に戻ったらいいのにな。まぁ大抵ソロ活動ですけども。