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over spilt spirit

だんだんと生活から音や色が抜けはじめていることにぼんやりと気がつく頃には、いつの間にか吃りを含んだ綴り方しかできなくなってしまっていた。わたしたちはいつも架空に浮かぶ月のことを想うだけで見上げようとはしなかった。あの日にあなたと何気なく空を見上げたのが最後で、もうそこに月はなかった。それでもわたしたちの中に浮かんでいれば大丈夫だと思っていた。決壊が起きる。壊れた蛇口から雨が降り出す。空は虚のように明るくなる。捻っても捻っても涙は止まらず雨が止む気配はない。給水塔が弾けてできた海を遠くから見つめる。港町に住むわたしたちはいつも脳裏に広げた海のことを想うだけで見に行こうとはしなかった。傍観してばかりの夏。外側で溢したものには誰も気がつかない。はみ出た場所ではみ出すことはできない。言葉は明け渡されてゆく。そういうのも全部回ってるんだと思ったら反吐が出そうになった。薬を飲んでも効いているのかすら分からなくて、反動で強い副作用ばかりがわたしを呑み込み崩してゆく。側であなたを照らせるくらいの明るさを持ち合わせていたかった。すぐに動悸を起こしてしまう脆弱な心臓も決して止まることはない。脈も秒針も人々の波もここで止まるはずがなく、わたしはそれらを傍観しながらこうして呼吸をし続けている。変わってく景色を受け入れろと聴こえるたびに耳がキンと痛くなる。みんなのことが好きだと思うとき、それって誰のことも好きじゃないんじゃないかと不安になる。ほんとうは諦めたくないのに全部手放してしまいたくなる。なにも失いたくないのにすべてから離れたくなる。すべてから離れてわたしはすべての一部になる。To be away from all, to be one of everything. I wanna be just like the wind. Just flowing in the air through an open space. I wanna be just like the sea. Just swaying in the water so to be at ease. To be away from all, to be one of everything. 優しさや弱さを自覚した途端にそれは硬く冷たいものにかわる。もうなにも振り翳したくない。こうして外れることでしか、わたしはあなたを守ることができない。なにも溢さないようにするためにはわたしごと溢れてしまうしかない。それでも結局、今ここに溢していることが何よりもの弱さであり、そう自覚した途端にまた身体が冷えてゆく。いつの間にか壁の向こうから雨音は聞こえなくなっていて、脳裏のさざなみは砂嵐へと変わっていた。架空に浮かぶ月は翳っている。だんだんと色や音が抜けていくなかで、その翳りの先にあるはずの光のことだけは見失わずにいたくて、冷えていく指先でそっと触れるイメージをする。泣き腫らしたあとの、やけに乾く瞳を閉じて、意味にならない音を聴きながらわたしがまた一人はぐれていく。

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