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重力との戯れ

朝6時
平日の喧騒が訪れる前に家を出る

少しの肌寒さが日差しに掻き消されるのも直ぐだろう
充分に暖まったエンジンのアイドリングを聴きながらニュートラルで坂を降る

幹線から小田原厚木道路を南へ向かう
タイヤはまだ冷えているはずだ
川を越え街中を過ぎ海辺に沿った路に出る
海は凪
真冬の碧が良かったけど寒い時期の限定
今日は鮮やかな青のグラデーション

適度に空いたワインディング
エンジンの機嫌を伺いながらアクセルを開ける
小気味よく決まるオートシフター
ファンファンとオートブリッピングが吼える
リズミカルを意識しながらコーナーへ

アクセルを調律する重力のダンス
クルマの流れが詰まる

みえてきたパーキングにバイクを停める

景色を収めようと携帯を取り出す
複数回の着信に気付く
タップして数回のコールの後ややトゲのある声が響いた
「いま何処にいるの?何回も連絡したのに」
「どうした?」
「わたしも休みなのに起きたら居ないから」
「あぁ…ごめん」
「何処?」
「下田の白浜眺めてる」
「じゃあそこに行く」
「いや、待てないから帰りの途中で逢おう」
「どこ?」
「…中間がいい…じゃ月ヶ瀬に向かう」
「わかった…ナビの案内に従うわ」
「それじゃ」

ゆったり海岸線で微睡む予定が変わった

幹線を左に曲がり西へ向かう
深い森の中

ここから先は道幅の狭いアップダウンのワインディング
ギヤは二速と三速しか使わない

アクセルを開ける
トリプルシリンダーがシンクロする7,000rpm
超えたら左足のつま先でシフトを弾く
スピードがのる
林が緑のトンネルになる

ブラインドコーナーが飛び込む
爪先を下に下ろす
オートブリッパーのパンッ!という破裂音で回転計が9,000rpmに跳ねる
フロントフォークが沈む
リアタイヤが地面を噛む

逆回転クランクの遠心力を感じる

身体をコーナーの内側に倒す
永遠に続く心地よい重力との戯れ
妄想が頭を掠める

森の切れ間から海が飛び込む
森の切れ間から富士が飛び込む…

月ヶ瀬には先に着いていたようだ

「待ったか?」
「タバコ二本分くらい」
「そうか…じゃメシでも食べるか」