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笑いにくい笑い話33 世紀末の思い出


 娘の前の手術は、2000年の12月だった。20世紀の最後、21世紀への世紀代わりの時だった。
 年末に入院し、それも1歳10ヶ月の娘の心臓の状態の悪さから、体重が7キロでのやや強行手術。本来は10キロにならないと、開胸手術は行わないようだ。
 覚悟もしたし、それなりに準備もした。何故私だけこんなひどい運命に流されているのだろうと、悲しくも悔しい思いだった。
 手術は思いのほか、あっけなく終わり、ICUでの一晩のあと、一般病棟に戻ってきた。その後はただ、傷跡の回復を待つだけの入院になった。
 手術した病院は、新宿駅至近、病室は8F。窓から新宿の街がよく見えた。大晦日には、ビルの窓の明かりで、“2001”と書かれていたり、花火も上がっていた。
 ノストラダムスの予言があたって、不幸な私と共に幸せな全ての人も宇宙の藻屑になれば良いと思っていたのに、そうはならなかった。
 幸せなどと言うものは、比較であり、みんな不幸なら私は特別に不幸にはならない。だからこの世がなくなれば良いと思っていた。娘は辛うじて命を長らえ、それは願ったことなのに、困難な自分の運命は続くのだと実感した。
 8Fの病室から見えるのは、新世紀を祝う新宿の高層ビル群。
 8Fの病室から真下を見ると、紙袋を抱えた寒そうなホームレス。
 8Fの病室には、命を長らえた喜びとこれからの困難な人生を感じる私。突然、ミルクをいくら飲んでもしんどくならなくなった娘。

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