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ピンク映画館に行ってきた

 2024年3月29日金曜日。世間はオッペンハイマーの公開で賑わっていた。
 そんな中、オッペンハイマーを見に行くか見に行かないかで悩みながら僕は一人街を歩いていた。時刻は午後1時頃。近くにある映画館は2時半から上映するけどシアターの大きさは少し小さめ、一番大きなスクリーンで上映されるのは4時半からだけど4時半まで時間を潰すのは面倒くさいし余計な出費はしたくない、けど小さいスクリーンで見るのもそれはそれでな……と考えながら歩いていたら、ふとストリップ劇場が目に留まった。店が立ち並ぶ大通りから少し離れた場所に位置したそれは好奇心を掻き立てるにはピッタリな建物で、気になって大通りから外れた道を歩いてみることにした。

 ストリップ劇場を通った先に、突然映画館が現れた。小倉名画座である。

 受験期に気になって北九州の映画館を調べていたら検索に出てきて、興味を惹かれたことがある。一階はピンク映画館、二階はゲイ映画を上映している映画館らしい。でもまさかこんなところで出会うなんて。時間もあるしとりあえず興味本位で一階のピンク映画を観てみることに。二階は爆サイ民の溜まり場にもなっているので多分ヤバそうだなと想像しつつ、でも一階はピンク映画だしそんなヤバくもないでしょと思いながらドアを開ける。

 ドアを開けたら簡易的なカウンターがあり、そこでチケットを購入する形となっている。入場料は1300円。高校生料金よりも少し高い値段に躊躇しつつ、チケットを購入。シネコンのような入れ替え制ではなく一度チケットを買ったら次の映画も見ることができる、昭和のような映画館のシステムに戸惑いつつも入室した。

 ドアを開けてみると、真っ暗な劇場に男女が交尾している映像がデカデカと映し出されていた。目隠しをされた女性がジジイ三人から乱交され、紐で縛られて何故か大きな舞台の劇場に運ばれていく。舞台では全裸の女性が舞うように踊っていて、縛られた女性と男性三人はその舞いを眺める。
 前後の背景を一切知らないまま眺めるその映像は、映像の脈略のなさも相まって悪い夢でも見てるかのようだった。
 真っ暗な劇場を手探りつつ壁を伝うように歩いて、前から二列目の左端の席に腰を下ろして映画を観ることにした。映画の途中に入室して映画のタイトルもあらすじも前後の背景も何も知らないままピンク映画を眺める。今まで文章でしか知り得たことが無い現代では失われたかのように思われていた特別な空間の中に、今この僕が身を置いている。この空間だけ昭和に戻ったかのような、不思議な空気感が漂った空間だった。

 ふと、背後で誰かが立ち上がった気配がした。一人ではなく、二人ぐらいが立ち上がって、劇場の奥にあるドアの先に入っていった。僕が入って来たドアとは違う、別のドア。そのドアの先にどんな空間が広がっているのかはわからないが、他のサイトを見たところによるとどうやら休憩室らしかった。その後も度々どこかのジジイが立ち上がって休憩室に向かい、休憩室に入っていた人達が出てきて映画を鑑賞したり……を繰り返していた。休憩室が一体どんな部屋なのかは、わからない。

 映画内で男女の交尾が始まる。劇場内ではどこかでチャックが開いた音が響き渡る。
「えっ、マジ!?チャック開けて下半身露出!?」と期待したが、そのチャックの音は決して下半身を露出させた音ではなく、どこかのジジイが財布を開けた音だった。
 財布を持ったジジイが立ち上がり、劇場の奥に向かう。ピッ、ピッ、と明らかに人間が出せる音ではない異質な機械音が数回響くと、ガコンッ!と映画館で出して良いような音ではないクソデカい音が劇場内にこだました。どこからどう聞いても自動販売機のそれで、思わず笑ってしまった。連続上映で映画館にポップコーンとかドリンクとかを用意するような環境が無いから確かに自動販売機が一番手っ取り早い方法だと考えれば納得がつくが、しかし劇場内に自動販売機が設置されて上映中でも購入できる環境は、どこか面白い。

 そんな感じでジジイ複数人が休憩室からの入退出を繰り返していた時、劇場内にいたジジイが僕が座っている席から一席空けて隣側の方に着席してきた。左端の席なので映画を見ていると自然と隣に座ってきたこのジジイの顔も垣間見える。その視線は、明らかに僕の方を見ていた。
 途端に心臓がバクバクと自分では手のつけようが無いほどに動き始める。逃げないと、逃げないと、と思考は視覚を追い越して映画の内容が頭に入らなくなる。相変わらず映画では男女のセックスが行われていたため、内容はさほど重要ではないのが幸いだった。
 今まで傍観者面していたけど自分は傍観者ではなく当事者の一部である、と突き付けられたような気がして怖くなった。隣も、背後も、いつ手を出してくるかわからない、そんな状況に自ら突っ込んでいったんだぞと自分で自分を戒めたくなった。

 冗長なセックスが終わり、映画はエンドロールを迎える。「映画」であることを意識したのか、映画は登場人物がカメラに向かって観客に挨拶する形で終わりを迎えた。この映画は「舞台」が印象的な装置の一つとして機能を果たすが、つまり舞台劇映画であることを意識したようなメタフィクション映画?そう考えたが、とにかく映画が終わった今のうちに逃げるしかない、と席から立ちあがり、走るようにして出口に向かった。誰も追いかけてはこなかった。
 合間を挟むことなく、次の映画の上映が始まっていた。

 劇場から出ると外の風景が現れた。ほっと一息ついた。途端に現代に戻って来たような安心感を覚えた。
 ふと気になって映画館のオーナーにこの映画のタイトルについて聞くと、『人妻OL セクハラ裏現場』と返って来た。

 帰った後に調べたら普通にFANZAで配信されていた。

 こうしてこの映画館で体験したことを纏めたが、多分自分は食人族の若者たちのような存在なんだろうな、と振り返っていて感じた。平日の昼間にピンク映画館に集まる人達にはローカルなコミュニティが形成されていない訳はあるはずがなく、僕はそのローカルなコミュニティにずけずけと踏み込んでしまった失礼な若者なんだろうな、と。
 じゃあどうすれば良かったのかはまだわからない。

 オッペンハイマーを見ておけば良かった、と後悔した。

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