『恐怖の髪切り魔』

 最近、巷を賑わしている恐ろしい事件があった。

 連続髪切り魔が出現しており、既に被害者は3人を数えていた。
 
 髪を切られたのはいずれも10代から20代の女性。しかも通り魔的にバッサリ切られるのではなく、いずれもどこかに拉致され、ツルツルの丸坊主にされていた。かつてない卑劣な犯行に市民の怒りと不安は高まり、警察は懸命な捜査をしていたが、まだ犯人逮捕には至らなかった。

【お昼休み】
 大学に入学したばかりの香澄は、4月のとある火曜日、お昼休みに仲の良い亜理紗と学食でランチをしていた。今日も話題は髪切り魔だ。
「怖いよね。髪を切られちゃうなんて。しかも丸坊主だなんて…。」
「気をつけないとね。もう3人でしょ。早く捕まるといいのに。」
「そうよね。しかも髪を切られた子って、みんなロングヘアだったんだっ   て。香澄は知ってた?」
「ううん、初耳よ。」
「すごいショックだよね。丸坊主にされちゃうなんて。ショートにするのにも勇気がいるんだし。」そう言って、亜理紗は長い髪を触った。
「前に電車で髪を切られたって事件があったじゃない。覚えている?」
「うん、覚えているよ。あの時は10㎝ぐらい切られたんだっけ。でも今回は拉致られて丸坊主でしょ…。」
「丸坊主なんてほんとにひどいよね。髪を伸ばすのって大変なのに。」
「そうよね。香澄はバッサリ切ったことはあるの?」
「うん。中学でバスケ部に入った時に切ったよ。ロングから一気に耳出しのショートにしたんだ。」
「すごい切ったんだね。私も一度ボブにしたことはあるけど、ショートはないなぁ。」
「一度ショートにしちゃったら、ロングに戻るまでが大変。ましてやそれが丸坊主だなんて、どれだけ時間がかかるのんだろう…。」
「なんで犯人は髪なんか切るんだろう。髪をどこかに売るのかな?」
「なんでだろうね。でも注意しないとね。お母さんからも、一人で夜出歩くのは絶対に止めなさいって、よく言われるし。」
「警察は何をしているんだろう。早く捕まえてくれないと不安だわ。」
 その後はとりとめのない話をして、授業に戻った。

【亜理紗の決心】
 香澄とお昼に話した髪切り魔のことが、ずっと気になっていた。もし襲われたらどうしよう…。この髪を丸坊主にされるなんて、考えただけで寒気がする。何か防ぐ手立てはないだろうか…。

 ふと気づいた。被害者は皆ロングヘア。ということは、髪を短く切れば襲われないかもしれない。思い切ってバッサリ切っちゃおうかな…。
 私は鏡で長い髪をしばらく見ていた。ずっと大切に伸ばしてきた髪。高いシャンプーやトリートメントを使い、丁寧にケアしてきた。こんなことで切るなんて…でも坊主にされるよりかはましかな…。よし、明日美容院へ行こう。

 翌日。あまり美容院には行かないから、どのお店が上手か分からない。そこで駅前のお洒落なお店に入った。

 順番を待つ間、私と同じぐらいに髪が長い子がカット椅子に座った。なんとなく見ていると、美容師はハサミを首のあたりで入れた…!
 バッサリと髪が切られていく。横は耳が見えるぐらいに切っている。この子、ショートにするんだ…。
 始めはボブぐらいにしようかと思っていたが、その子を見て気が変わった。私もあれぐらいにしてみよう。少しでも短く切った方が安心だ。ショートはしたことがないけど、この際イメチェンも兼ねてやってみよう。香澄は「元に戻るまで大変」なんて言っていたけれど…。

 また別の人は、ロングの髪に緩やかなウェーブをかけていた。いいなぁ。私もああいう風にしたいなぁ。でも切らないといけないし…。

 物思いにふけっていると、髪が短い男性客がいた。美容師はバリカンで男性客の頭を刈り始めた。バリカンが通ると地肌が見えた。この人、坊主にするんだ…美容院で坊主なんて初めて見た…。
 思わず凝視した。バリカンは淀みなく男性の髪を刈っていく。程なくしてツルツルの丸坊主になった。もし髪切り魔に襲われたら、私もああして髪を刈られて丸坊主にされるのか…背筋がゾクッとした。

私の名前が呼ばれ、椅子に座った。
「今日はどうしますか?」
「あの、バッサリとショートにしたいんですが…。」
「ショート?こんなに綺麗に伸ばしているのにもったいないですよ。」
「ええ。でもなんか最近髪切り魔が出ていて、髪が長いとやられるかもしれないので…。」
「そうなの…実はさっきの子も同じ理由でバッサリ切ったのよ。本当はこんなことで切りたくないって泣いていたんだけどね…。」
「そうだったんですね…。私ももう少し伸ばそうかなと思うんですが、万一のことを考えると怖いので、切って下さい。坊主にされるよりかはましなので。」
「そうね。辛いけど仕方ないわね。で、どのぐらいのショートにするの?」と言って、ヘアカタログを見せてくれた。ショートのページをパラパラと眺めて、耳出しのショートに決めた。こんなに短いのは初めてだけど、より短い方が安心だ。
「耳を全部出しちゃってもいいのね?かなり切ることになるけど。」
「はい。いいです。バッサリやっちゃって下さい。」
「…分かりました。ではいきますね。」
ブロッキングされ、「じゃあバッサリ切ります。いいですね。」と最後の確認をされた。私が「はい」と答えると、首筋にハサミが入った。
 あっ、切った!
 やめておけばよかったかな…と一瞬思ったが、短く切られてしまった以上、ここでやめるわけにはいかない。素直に切られるしかない。

 髪がどんどん切られていく。ボブにされると、今度は全体をザクザク切っていく。耳に冷たいハサミが当たる。ロングの時には感じなかった冷たさ。ふいに足元を見ると、夥しい量の髪が落ちていた。すごく切られた。これが全部私の髪だなんて。

 しばらくすると、運動部の子のようなショートになっていた。耳も露わになっている。仕上げに襟足をバリカンで襟足を剃られた。男性客にうなじを見られていると思うと、ちょっと恥ずかしかった。途中冗談で「刈り上げにする?」と聞かれたが、それは断った。さすがに刈り上げはしたくない。

 髪切り魔にやられた子は、みんなこのバリカンで全ての髪を刈られたわけだ。どれだけ辛くて怖かっただろう…。ショートにするだけでも勇気がいるのに、丸坊主に、しかも自分の意思ではないのにされるって、どういうことだろう。

 やがてボーイッシュなショートが完成した。先程までとは別人みたいだ。頭を振っても髪が揺れない。仕方がないとはいえ、こんなことで髪を切るなんて悲しかった…。
 とりあえずここまで短くしておけば大丈夫だろう。香澄も誘えば良かった。あの子もロングだ。一緒に切った方が私も安心出来る。今度声をかけてみよう。

【香澄の驚き】
 木曜日。亜理紗に会うと、長い髪をバッサリショートに切っていた。耳が出ていて襟足も短い。
「亜理紗どうしたの!?すごいバッサリ切っちゃって。」
「うん、あの後考えたんだ。私一人暮らしだし、どうしても髪切り魔が怖くて。被害者はみんなロングヘアだったでしょ。だったらショートにすれば襲われることはないかなって。だから切っちゃった。」そう言って照れ笑いをする亜理紗。
「あんなに大切にしていたのに…。思い切ったわね。」
「せっかく伸ばした髪を切るのは辛かったわ。直前までやっぱり止めようかなって…。でも万一襲われて丸坊主にされることを考えればね…。香澄もこの際切っちゃわない?」
「私は…やっとここまで伸びたし切りたくないなぁ。」
「そうよね…その気持ち分かるわ。でも心配だわ…。」
「美容院でどんな風に注文したの?」
「始めはボブにする予定だったんだけど、丁度私ぐらいの長さの子がショートにしたのを見て、私もどうせならあれぐらいにしようと思って。美容師さんには止められたけど、髪切り魔が怖いことを話したら、さっきの子も同じ理由で切ったって言われて。その子と同じようなショートにしてもらったのよ。」
「でも似合っているね。」
「ありがとう。ショートは初めてだったけど、そう言ってもらえて安心したわ。それとね、たまたま坊主にする男の人がいたのよ。」
「美容院で坊主って珍しいね。」
「うん。私も初めて男性が坊主にされるところを見たんだ。バリカンってすごいね。あっという間にツルツルの丸坊主になっていたわ。」
「坊主にしているのは見たことがないなぁ。」
「髪切り魔に捕まると、ああされちゃうんだと思って。お互いに注意しようね。」
「そうだね…。」

 私に亜理紗のような勇気はない。ロングヘアに憧れて、やっとポニーテールが出来るようになった。朝晩の手入れは大変だったが、今の髪型に満足していた。この髪をバッサリ切るなんて考えられない。
 何より一度切った髪を伸ばすのは大変だ。ボブならまだしも、ショートからロングにするにはかなりの時間と忍耐が必要だ。伸びてきたら整えるためにカットしなければいけないし、朝の寝ぐせも大変だ。

【事件発生】
 翌金曜日はサークルの新歓コンパがあり、いつもよりかなり遅くなった。コンパはとても楽しく、ほろ酔い加減で夜道を歩いていた。髪切り魔のことはすっかり忘れていた。 
 遅くなったこともあり、いつもの大通りではなく、家への近道である公園を通ることにした。この選択が一生後悔することになろうとは、夢にも思わなかった…。

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