『過ちの行方』

【母 真由美】
 私の家族は理容師の夫、20歳と16歳の娘との4人暮らし。専業主婦として頑張ってきたが、単調な生活に飽きていた。妻として、母としての役割をこなすことばかりで、女としての自分が失われつつあった。
 
 そんな時、惹かれる相手が現れた。始めはたまに食事をする程度だったが、気づいたら月に1回のペースで体を求め合う関係になっていた。こんな刺激を私は求めていた。もちろん夫にバレないよう、細心の注意を払っていたつもりだった。しかし全てバレてしまった。売る日旦那は完璧な証拠を突きつけてきた―。

 それは、ラブホテルから出てくる私と不倫相手の写真。私の行動を不審に思った旦那は、いつの間にか探偵を雇っていたようだ。もはや言い逃れは出来ない状況であった。
「で、この先どうするんだ?もう別れようか?」
「すいません…あなたとは別れたくないです…。」
「どうしてもか?」
「はい…。」
「では罰として何でも受け入れるか?」
 不倫相手と一緒になれないのは分かっている。そして専業主婦の私は、旦那に捨てられたら生きていくのが厳しくなる。2人の娘もまだ学生だ。この際多少の罰を受けてもいいからこの生活を続けていくしかなかった。
「は、はい…。」
「まずは相手との関係は切れ。本来は慰謝料を請求したいところだが、それはやめておく。」
「はい、そうします…。」
「本当だな。それと今から準備するから、そこに座っていろ。」
 準備?これから何が始まるのだろう…まさか…「座って」ということは…髪を切られるのかもしれない!

 びくびくしていると、案の定旦那はケープと散髪用具一式を持ってきた。
「嫌…それだけは止めて下さい…。」
「たった今『何でもする』と言っただろう?」
「でも…髪を切るのだけは…。」

 私は出産時にバッサリ切ったことはあったが、それ以後は大体ロングで過ごしていた。お気に入りの髪だ。
「この長い髪で男を誘惑したに違いない。今後そういうことが起きないよう、短く切るからな。」
 そう言うや否やケープをかけた。髪をブロッキングし、首筋にハサミを入れた…。
「そ、そんなに短くしないで下さい!」
 髪なんか切りたくない。ロングでいたい。けれど私の声を無視し、旦那は切り始めた。程なくして首筋までのボブにされた。バッサリ切られたが、まだ納得がいく長さだった。少しホッとした。しかしそんな私の表情を見て、旦那は再び手を動かし始めた。ボブの髪をザクザクと切ってショートにしていく。私が呆気に取られているうちに、耳を出されショートにされた。

 ショートなんて何年振りだろう。ついさっきまでは艶のあるロングだったのに…。これで終わりよね…そう思い、椅子から立とうとした。しかし旦那に肩を掴まれ、強引に座らされた。
「もういいでしょ?十分罰を受けたわよね?」震える声でそう言うと
「いいやまだだ。二度と他の男に目が行かないように、これで仕上げるからな」と言われた。
 旦那はこともあろうにバリカンを取り出した。バリカンなんて使われたことはない。まさか…
「ぼ、坊主にするのですか?」
「さすがにそれはしない。ただ刈り上げにはさせてもらう。」
 刈り上げ…そんな…中学生の男の子が時々する、あの頭にされるなんて…。しかし頭をぐいっと下に抑えられる。そして嫌な音とともに、バリカンが私の襟足に侵入してきた。
 ザリザリ…と髪が刈られていく。嫌だ…止めて…か細くつぶやくも、バリカンの大きな音にかき消された。
 バリカンの冷たい感触が私の襟足を駆け巡る。後頭部を刈り終えると、今度は耳周りの髪にもバリカンが入る。堪えていた涙が零れた。もう嫌…どうして刈り上げなんて…。

「終わったぞ」と言われ、鏡を見せられると、後頭部を無残に刈り上げられた私が映っていた。床には大量の髪の毛があった。その髪の毛を集め、しばし涙した-。

【長女 茜】
 成人式は大いに盛り上がった。久しぶりに会う同級生と再会を祝し、ほろ酔い気分で帰宅した。しかし家の空気が重い。何かと思っていると、お母さんが姿を見せた。髪をバッサリ切って―。一瞬で酔いが醒めた。
「お母さんどうしたの?そんなに短く切って。」
「実はね…」母は事の顛末を話してくれた。
「そんなことが…。」私はしばし絶句した。まずはどう考えても不倫に走った母が悪い。しかしだからと言って、母自慢の髪をここまでバッサリ切るのもどうかと思う。あらためて後ろを見ると、青々とした刈り上げになっていた。

 すぐさま父に猛抗議した。しかし父は「これは夫婦の問題だから」と取り合ってくれなかった。そう言われると返す言葉がない。しかしこのまま何もしないのは長女として良くない。

 ふと母を見ると、うつむいていた。このままでは母一人が恥ずかしい思いをし続けることになる。いくら過ちを犯したとは言え、それでは不憫すぎる。母を何とかして助けてあげたい。そこで閃いた。
「お父さん、私の髪も切って!お母さんと同じように。」
「え?今なんて?」
「だってこれじゃお母さんが可哀そうだもん。私が同じ髪型にすれば、お母さんの辛さも減るでしょ?
「そうは言ってもだな…。」
「そうよ。茜は止めておきなさい。お母さんはその気持ちだけで十分よ。茜も長い髪が好きなんでしょう?」
「いいの。もう決めたから。それに前からショートにしたかったもん。いい機会よ。」

 半分は本音だった。この髪は成人式のために頑張って伸ばしてきたが、終わったらバッサリ切ろうと前から決めていた。ただ刈り上げまでは考えていなかったが…。
「分かった。そこまで言うのならやるけど、本当にいいんだな?」
「うん。気持ちが変わらないうちにやって!」
 
 椅子に座り、綺麗にセットした髪を解いた。長い髪が揺れる。背中まで伸ばした髪が、これから切られてしまう。まさかこんな形で切ることになるとは…。

 お父さんは髪をブロッキングもせずに、豪快に髪を切り始めた。ドサッと音がして髪束が床に落ちる。数年かけて伸ばした髪があっと言う間に切られていく。程なくして耳を出したショートになった。

 頭を振る。今までみたいに髪が揺れない。切られちゃったんだなと実感した。しかしこれで終わらない。お父さんは大きなバリカンを用意した。
「じゃあこれから刈り上げていくぞ。本当にいいんだな?」
 お父さんの持つバリカンが怖い。刈り上げはやっぱり止めようかなと思ったが、母の辛そうな顔が目に入った。もうここまで来たら嫌とは言えなかった。ここで止めたら中途半端に終わる。
「うん…お母さんと同じにして…。」そうとしか言えなかった。

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