人造物嗜好症(と、人造物嗜好症的『オズの魔法使』レビュー)
先日、高名な絵本作家が逝去した。彼の代表作は仕掛け絵本だった。各々がその絵本の記憶を語る中で、私も自分の子供の頃の仕掛け絵本の思い出を何となく思い出していた。
結論から言ってしまえば、幼少期の私は仕掛け絵本を通常絵本より好いているわけではなかった。
仕掛けをすべて見つけてしまうと、やることがなかった。二度も草むらから動物を引っ張り出すことはない。書いていて気づいたけれど、引っ張り出すタイプの仕掛けは戻すときに紙が曲がりそうでイヤだな。いつだって散らかすほうが簡単で、片付ける方が大変なのだ。
また、これは本筋ではない指摘だが、紙面の都合上通常絵本より文字が少ないのも物足りなかった。
しかし、一通り考えた末に私は子供のころ持っていた仕掛け絵本(たしかどこかのページの取っ手がちぎれている)を読み返してみたくなった。素敵じゃないか、建物や自然がそっくりそのまま数十センチ幅に収まっているというのは。開くまでは存在しないが、開いたときだけ現れる都合のよさもいい。埃なんて積もってしまったら本当につまらない。
大人になった私は、明確に人造物を好むようになった。
滅多に旅行に行かないくせに、世界の名所のミニチュアが所狭しと並ぶ東武ワールドスクウェアには年に1度行く。(ちなみに、可能なら全部室内に、欲を言えばガラスケースに押し込めてしまった方が素敵だろう、という思想を抱いている。ミニチュアにしても膨大なので不可能なのだが……。)
天体観測にも天体写真にも興味ないくせに、稲垣足穂の『一千一秒物語』と『天体嗜好症』を奉じている。月よりお月様のほうが、お月様の中でも”キネオラマの大きなお月様”のほうが何倍もいい。三日月であってほしいし、顔が印刷されている方がいい。座れるぐらいのサイズ感がいいな。ピンとくる諸兄は『天体嗜好症』を読んで! きっとあなたも天体嗜好症です。
人造物嗜好症的お気に入り映画は『オズの魔法使』(1939)と『夢のチョコレート工場』(1971)だ。
中学生のころ、旧友が『オズの魔法使』について「けばけばしくて作り物めいていて好きじゃない」と話していたのを未だに根に持っているくらい好きだ。本作は人造嗜好症的観点では文句のつけどころのない映画なのだ。
第一に、お話そのものが「これは夢です」という作りをしている点。
オズの大魔法使いこと(門番こと御者こと)占い師マーヴェルは明らかに怪しい興行師だ。大魔法使いの魔法は“インチキ”であることも作中でしっかり看破されている。オズの国パートがカラーなのも、あえて牧場の労働者といじわる地主、占い師をオズの国のキャストにしたのも当然作り物演出の一環だ。
あれ、北の良い魔女さんはどっから出てきたんだ? 誰か教えてください。
第二に、製作上の苦労が作り物の作り物らしさを助長している点。
西尾維新『偽物語』で「そこに本物になろうという意思があるだけ、偽物のほうが本物より本物だ」という撞着表現があったが、私に言わせれば本物になろうという意志の強い偽物は偽物の上位互換、上界の下限、最高に甘美な偽物だ。その理屈で、製作に難航した作り物という概念は胸が高鳴る。
本作をダシにのちのジュディの薬物中毒についてセンセーショナルに書き立てる風潮が好きでないのと、純粋に痛ましいので撮影時の多くの人災についての記述は省くが、
・ライオンの衣装は本物のライオンの毛皮を使用している
・代役としてキャスティングされたジュディの年齢をごまかすために、胸をおさえる等の衣装的工夫がなされている
・4万本の造花を手植えしてケシの花畑を造成する
あたりですらすさまじい執念を感じざるを得ない。えげつない労力で本物に漸近する(本物と見紛う出来にはならない、大事)当時の映画は愛しい。『夢のチョコレート工場』のチョコレートの川が本物でできていて、次第に悪臭を放つようになっていったらしい話も好きです。
ちなみに、当時の映画をいくつか観るのもおすすめだ。キャストの重複が多いこと、さらに似た役回りが多いこと、見覚えのある道がよく出てくるところあたりに作り物の作り物らしさを味わえて楽しい。ハリウッド映画スタジオを舞台にした『雨に唄えば』も観るのもいいぞ。
最後に人造物嗜好症の讃美歌であるところの、『It's Only a Paper Moon』の一節を引用して終わろう。Paper Moonとは、写真撮影を目的に作られた大きな三日月を模したセットのことで、そこに腰かけて写真を撮るのがかつて流行したらしい。昔描いたPaper Moonの絵も併せて貼る。
Say, it’s only a paper moon
Sailing over a cardboard sea
But it wouldn’t be make-believe
If you believed in me
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