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ハグしたい

 ハグが好きだった。もちろん子どもの頃には「ハグ」なんてしゃれた言い方はしなかったけれど。じゃあなんて言っていたのかといえば、抱き合うのも抱擁を交わすというのもちょっと違う気がする。小さい頃の私は、背の順でいうと前からだいたい2~4番目だったので、正確に言うならば「抱きつく」のが好きだった。大好きだった。
 もちろんだれかれ構わず抱きつくわけじゃなくて、仲のいい子の中で、抱きついても嫌がらない子に抱きついていた。小学生から中学生くらいまでだったと思う。いや、そうでもないかもしれない。大学生の頃は特定の友人とぎゅっぎゅって抱きしめ合ってた。たぶん。確か。

 さて、遠くから見かけた友人に「○○ちゃーん!」って言うと、「おー!」って応えてくれる。私はそばまで駆けてって、近くまで来たらスピードを緩めて飛びつく、もとい抱きつく。相手も準備万端なのでぎゅっと抱きしめてくれる。いつも、そんな感じだった。

 成人してからはさすがに落ち着き……ということがあるわけもなく。
 駅で待ち合わせした久方ぶりに会う友人を見かけると「○○ちゃーん!」と声をかけて、近くまで寄っていって抱擁する。
 友人は少し恥ずかしそうにしているかもしれない。私はあまり気にしていない。
 というのも、抱擁するときによくわからない多幸感、しあわせだな~とか、うれし~!って気持ちが溢れてるから、他人が見てようが見ていまいが知ったこっちゃないのだ。胸の辺りがほかほかする。体温があがる。
 友人と会ったときにぎゅーって抱きしめて、別れるときもぎゅーって抱きしめる。仲のいい子にだからできることだ。相手からしちゃだめだという気配がしないから、できることだ。

 子どもの頃からハグが好きな私ではあるが、家の中ではハグをしない。した覚えがとんとない。
 母親から抱きしめられた記憶なんてちっともないし、父親はハグするというよりは私から足にしがみついてた。もしかしたらすねに噛みついていたことも、あるかもしれない。
 たぶん両親はハグする家で育ってきてないのだと思う。
 思えば母から頭を撫でられたこともない。身体的な接触は記憶にあるかぎり、ない。膝の上に乗った覚えもない。
 父はというと、とんでもないことをした私を叱りつけるとき、げんこつではなくお尻ぺんぺんをする人だった。げんこつはげんこつする自分も痛いのと頭を傷つけるおそれがあるからお尻にしたと言っていた。真っ赤なもみじが私のお尻に咲いたのは小学生の中学年くらいまでだった。そんな父は未だに肩を叩いてきたり、デコピンしたり、頭に手のひらのせてきたり、人の腹や尻の肉を隙あらばつまんできたりする。私も軽く蹴っ飛ばすし父の頬をつまんだりする。お互いさまなのかもしれない。
 最後に私が母に触れたのは、母に触れられたのはいつだったろうか。

閑話休題。

 むかし住んでいた家には長めのまくらがあって、私はいつもまくらに頭を載せるのではなく、寝るときにしがみついていたらしい。
 セーラームーンが描かれた真っ赤な布地を買ってきて、母がミシンで縫ってくれたのだと思う。既製品には見えなかったから。いつも両手と両足で絞め殺すようにぎゅっとしていた。ふとももに挟んでることもあった。
 あのまくらはいつのまにか卒業してしまった。

 ここ2,3年は友人と会う回数が減った。距離をとりましょうというお触れもあることから、ごくごく身内以外と接する機会が減ってしまった。

 ハグしたい。

 いま、とてつもなくそんな気持ちに駆られている。
 私が抱きつきたい(抱きついても許される)候補の友人は限られているので、もしもこの先会う約束を取り付けたら今度こそ存分に抱きついてやろうと思っている。
 相手の体温を感じて、ぎゅっとする。ただ身を寄せて、相手の二の腕や背中、肩をぽんぽんってするだけでもいい。ぎゅーっとしなくてもいい。
 家にある中くらいのまくらは腕の中でくしゃりとつぶれるばかりで、ただただ冷たくてむなしい。じわりとぬくもるそれも、いっそいとわしい。

 ハグしたい。

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にわたつみ
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