「試合に勝って勝負に負ける」

人生で一度だけ掴み合いの喧嘩をしたことがある。

あれは、忘れもしない小学校5年生の秋の日だった。
給食当番の帰りを待ちながら、ワイ君と談笑していた。

ワイ君は幼なじみでとても仲がいい男の子だ。

談笑の内容はいつも通り、放課後に披露する漫才の内容についてのはずだった。

ところが、この日はどうもワイ君の返しにユーモアが含まれていない。どうしたのだろうか体調でも悪いのだろうか。心配になり隣にいるワイ君の方を見た。

下を向いているではないか。

いつもはニコニコしながら、こっちを見るか、アホそうに、意味もなく上を見上げている彼が下を向いている。

これは一大事だと思い、どうしたんと言いかけた。

正確にはどうsくらいまで言った。
上の歯と下の歯の隙間を通るsの風をなんじながら、ワイ君の手元を見た。

今日の宿題やってるぅぅぅ!!!

宿題は家でやりますって5分前に連絡帳書きながら
リバーデンに言われたのに?(※担任:川田)
漫才のボケを考えて今私が披露していたのに?
今日も綺麗な脳みそ空っぽ坊主なのに?
給食のメニュー今日はごはんなのに?
昨日黙ってワイ君ちの犬に食べきれなかった焼き鳥あげたのに?

一瞬で脳内を疑問が駆け巡る。
半数以上はいらない疑問だったが、駆け巡る量に最適だったので駆けさせた。

一瞬で駆け巡った疑問は、言葉には変換されず
行動に変換された。

おもむろに、ワイ君の筆箱から消しカスくんの形をした消しゴムを取り出し、

「あかんでぇぇぇぇ!」と叫びながら

ワイ君がこっそりと書き連ねた、漢字ノートを雑に消した。

この「あかんでぇぇぇぇ!」に勝る正義感は後にも先にも味わっていない。それほどまでに私は瞬時に私を正当化したのだ。

当然ワイ君は怒った。
ワイ君
「おい、なにすんねんーーーー!」
(右手に握った鉛筆を置き、消しゴムを奪いにくる)


「宿題は、家でするもんやろぉぉぉ!人の話聞けぇぇぇ!」
(消しゴムを取られないように握り、伸びてきた右手を左手で掴みあげる)

ワイ君
「今日家帰ってから忙しいから今やってんねんんんん。もしできひんかったら明日みんなが給食食べてる間にやらなあかんくなるやろぉぉ!」
(空いてる左手で私の胸ぐらを掴む)


「そんなんすぐ終わるから、明日でも給食までに終わらせられるわぁぁ」
(消しゴムを握った右手の拳を振り下ろすと不運にもワイ君のこめかみへ)

ワイ君
「ひぇぇぇぇん!いだぁぁぁぁい!」
(全ての手を自身の左のこめかみへと捧げて地を這いながら)

リバーデン
「こらぁ!なにやってるの!あなたたち!」
(たいそうな面持ちで)


「こいつがわるいねーん、宿題やってたからー」
(正義感を振りかざし、何食わぬ面持ちで)

ワイ君
「いだぁぁぁぁい!」
(痛そうな面持ちで)


ここからは、早かった。
給食当番が汗水垂らして働く間、2人で別室に呼ばれて、リバーデンの話を適当に聞いた。聞いてる間にお互いへの怒りはおさまっていた。リバーデンの怒る顔があまりにもたいそうな面持ちだからだ。最後に小学生のケンカの解決方法、両方謝るを綺麗に実施し、

「お腹すいたなぁワイ君。殴ってごめんなぁ。」
「俺もごめんなぁ、漫才考えながら給食食べよぉ。」

さっきの戦いが嘘だったかのような
こんなゆるい会話を弾ませながら教室へ戻る。

引き分け者同士
仲良く隣の席に着こうとしたその時だった。

リバーデン
「〇〇さん、昨日の漢字ノートの宿題が出てないよ。給食食べる前にやってね。」


「やってもぉたぁぁ!宿題やらなあかんの私のほうやったぁぁ!」

泣きべそをかきながら宿題を終わらせ
給食と共に敗北感を噛み締める。

この時、脳みそに彫刻した「試合に勝って勝負に負ける」ということわざを忘れる日はないだろう。

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