夏だし 妖怪の話②
大学生も卒業間近。僕は当時福祉学科を専攻しており大学生最後の夏休みを利用して児童福祉施設に実習をした。これはその時の出来事だ。
妖怪の話はきまって暑い8月だ。
二回目。
そしてまた、8月。ということは妖怪はやはり8月の暑い日に現れる。
大学から「実習先は自分の実家に近い所を洗濯して下さい。夏休みだから何かあったら自分の家に帰れますからね。、」との指示であったから僕の夏休み中の実習先は自ずと決まった。
母親の実家がある町だからその実習先は母親が色々と詳細を知っていた。母親が学生だった頃からあるらしい。
実習先にはもうひとり同じクラスの友達も参加する事になった。このM君は隣町の出身だ。
このM君、大学の授業時も寝てばかりで僕のノートをいつも借りてばかり。夜アルバイトしてるっていうが、寝る時間ぐらいあるはずだ。
実習先を決める時、僕が先に決めると安心したように適当に「じゃぁ、俺もそこにする。Y君と一緒なら問題ないや。」と決めてきた。僕は嫌だったが決まってしまった。仕方がない。
このM君との付き合いは嫌々つきあっていたが、それは僕としてもちょっとした利点があったら付き合っていた。
僕は基本バイク移動が多かった。
しかし、雪が降る冬や、強い雨の天気の時はM君は車で色々と行く先々に連れて行ってくれた。
運転は荒いが我慢すればなんともない。
8月の実習先に行く際も僕はバイクで行き、M君は車で来た。
実習期間はきっかり1週間だった。
この1週間を児童福祉施設に子供達と一緒に寝泊まりして生活をする。もはや逃げ出せない環境になるのだ。
実習初日。
ひと通り施設の中を見学する。
保育園児、小学生、中学生、を見た後高校生をみる。高校生はあまり干渉しないようだ。多感期だし、もうすでに大人扱いだからだそう。
初日の殆どは保育園児の小さい子供の世話をした。
極端なほど人懐っこい子供達。直ぐに打ち解けた。保育士さんに聞くとこうやってたまに来る実習生徒が珍しく歳も若い、とあって良い刺激になっているそうだ。
ご飯の時には広い食堂に皆んな集まる。休みの日は朝、昼、夕と
勢揃いして食べる。
意外と静かに食べる。それがマナーなのだろう。
お風呂は時間帯で分けている。
そしてテレビの時間。
テレビはチャンネル争いになる、と思いきや1番歳下の子供が優先したチャンネル選択をしていた。でも、いくら歳下優先といっても上の子達は観たい番組やドラマが見たいときはどうするのか不思議に思った。広い部屋に大きなテレビがポツンとある。それを体育座りで子供達はテレビを観ていた。それも静かに。一体子供達はいつはしゃいで遊ぶのだろうか。
駐車場にはバスケットゴールがあり、高校生はそこでバスケットをしていた。
夜も早い。
21:00ともなると廊下は暗くなり
皆部屋に戻る。就寝の準備だ。
施設員が各部屋を回る。
夜も決まった時間に見回りするそうだ。
僕らには見回りの仕事は当たらなかった。
僕らの就寝部屋は二人部屋で縦長の部屋になっており奥側に窓がついてあり、そちらにベッドがひとつ手前の廊下側にベッドがひとつあるだけのシンプルな部屋だった。
今夏中でもエアコンは節約する為に窓は開けっぱなしにし網戸、手前の廊下側も部屋の中が人の目に付くようにドアを開け放ったままにして寝る。初日はその何とも言えないプライベートなしの丸見え部屋になかなか落ち着かず、そして寝付けなかった。
部屋の配置は奥の網戸側が僕で、M君は手前廊下側に落ち着いた。
ベッドに横になりまだ寝付けない僕らは小声で少し話をした。通常の音量では廊下に筒抜けである。小声でも怪しい。二人で話もろくに出来ない環境だ。
M君が言う:今日一日どうだった?
僕:うん。意外とハードだな。作業内容というよりは施設が家だという子供達への配慮というか接し方がいまいち掴めない。子供達にピントを合わせた扱い方を優先するのか?それとも施設の掟や方針中心の扱い方にもっていくのか?でも、子供達にとってココは家だろ?いくらでも居心地が良いものにしたいに決まってない?
M君:うん。そう思いたいけど意外と決まりは絶対的ルールみたいだぞ。やはりちゃんと運営していくにはお金がかかる。ある程度の国からの援助をもらいながらの運営はしびあらしい。子供の筆記用具ひとつとっても皆んな大事に使っている。物をなくす事は道具を無くすことと一緒。無くしたから直ぐ新しいものが買える状態じゃない。服や私物もほんと物が少なく最低限におさめてある。
僕:おまえ子供達が可哀想とか思ってるな。
M君:お前はそう思わないのかよ。
僕:彼らは小さい頃からか、最近からかのかはわからないけどココに来た、という事はここのある程度のルールに合わすしかないのだよ。そこは腹を括ってるさ。今更不満であがいてもどうにもならない。それは子供ながらに分かっている。だから普通の友達関係を超えた住む者同士の絆みたいなものが強い。うちらみたいに物に頼らず一緒に暮らす者同士がその物が無い不自由さをお互いを頼りに生活している。そんな感じがする。
うちらももっと生活に不自由した方がもっと仲良くなったんしゃないか?
M君:でもやっぱ可哀想だよ。最近入った子は俺に親はいつここに迎えに来るの?って聞いて来てたぜ。
僕:休みの日の朝に窓から迎えに来るのを想像して離れない子もいるって言ってたな。どんな事情で親子離れるきっかけになったのか分からないけど親と生活していた時間を知っている子供は辛いだろうな。
M君:おっ、そう言えば中学生から変な噂話を聞いたぞ。
僕:なんだ?それ。。
M君:ココ妖怪来るらしい。。
僕:はあ??
M君:ココの施設に住む子供達を守っている妖怪がいるらしい。
僕:はあ!? (声が大きく出たせいで目回りの施設員から初日から注意を受けてしまった)
次の日。実習二日目。
施設の子供達も夏休み。
今日は外に出て室内プールへ行くそうだ。
小学生は付き添いが必要で、この日は小中学生に付き添い歩いてプールへ向かった。
プールへ向かう道中、施設員は離れた所にいる。今がチャンス、と昨日から気になっていた妖怪の話を小学生高学年の子に聞いてみた。
僕:ココ(施設)妖怪出るって本当?
子:ああ。出るよ。
ふつうに言う
僕:沢山?
子:いやひとり。僕達を見守ってるんだ。いい妖 怪だよ。大きな顔をしてひとつ目玉で舌が長くて青い妖怪。
ふつうに言う
プールで泳いでいる時の子供達は楽しそうだ。
そしてプールに来ても施設の仲間同士はお互いべったりだ。距離も離れない。まさに兄弟のよう。
同じ学校の子供達と遊んでも施設の仲間との方が楽しいようだ。ほんとに仲が良い。
帰りの道中も皆ニコニコ話をしながら歩いて帰る。夏休みの宿題は一緒にやるのだろうか、今のところ勉強を教えるような、事はまだしていない。
二日目の夜は暑くて寝苦しかった。
僕よりM君の方が寝苦しいはずだ。
窓は僕の頭の上の方にある。彼の方には窓がない。
何時だろう。
夜に目が覚めた。
頭の上にある開け放たれた窓の外から音がする。
「ジャリ‥‥ジャリ‥」
そう言えば窓の外は砂利場だ。
「ジャリ‥ジャリ‥」
誰か、歩いてる?
「ジャリ‥‥ジャリ‥ジャ‥」
何か砂利場をグルグルゆっくり歩いているような音がする。そしてたまに足音が止まる。なんだ?怖い‥
「ジャリ‥」「カシャン‥」「ジャリ‥」「カシャン‥」‥
なんだか今度は鉄物を擦り付けるようなカシャンとする音も同時に聞こえる。
僕は怖くて外を見る勇気が出なかった。
ただM君に音がするのを伝えたくてM君の方だけ思い切って目を開けて見てみた。
夜、深夜2時頃。こういうのは決まって深夜2時頃だ、ちくしょう。。
開け放たれたこちらの廊下も真っ暗で、きみが悪い。M君を見たら起きるどころか淫らな寝相で爆睡している。その姿を見て羨ましかった。能天気なやつ。
ベッドの脚側をバタバタやってM君にアピールした。声は発せない。もし声を出して外の何者かに僕の気配を知られたら何をされるかわからない。。
M君は絶対起きないだろうと確信が持てるぐらい反応が全くなかった。
仕方ない、と僕は眠ったふりをしてそのおそらく30分ぐらいの間生きた心地がしなかった。
いつの間に眠ったのか
気がつくと朝になっていた。
ハッと目が覚めた。「あぁここは施設の中かぁ。あぁそうだよな。俺今実習中だった。」
自分家にいる感覚で錯覚して起きて我にかえる。
そして昨日の夜の事はちゃんと覚えていた。
朝食を食べ歯磨きの時間にこの間妖怪話を聞かせてくれた小学生の彼を発見し、昨日の出来事を伝えてみた。
彼:ああ、それね。
ここはね昔お寺だったの。偉いお坊さんがい て昔僕らみたいな親がいない子供を可哀想で引き取ってお寺で生活させていた。まぁそれが今の施設が出来るきっかけにもなったと思う。皆その事は知っている。兄さんが昨日聞いた音はお坊さんの見回りです。
僕:見回り、って言ったってそれは人じゃ無い。。そういう事?
彼:そうです。だって昔お寺だったんですもの。
あっけらかんと言う
そう言い切ったタイミングで歯磨きは終わり(終わらせ?)彼は堂々と次の工程へと歩を進めにいなくなった。
おいおい、どう言う事?
実習中の日曜日は実習、中日になっておりうちら実習生は一度自分の家に帰れる日でもあった。
いわゆるオフの日。
子供達と僕らはすっかり打ち解けており
そのオフ日の朝も朝食を食べて玄関を出る時に後ろから集団でついてきた。
「ねぇねぇ今日はどこか行くの?」
「明日ちゃんと帰ってきてね」
僕がバイクにエンジンをかけると何人かはバイクに興味深々だ。
うちらはじゃあ明日ね。と彼らを後にして一旦自分の実家へ帰った。
疲れていたのか久々の実家ではくつろげた。やはり1週間の実習はキツイ。施設の中にいる限り落ち着くスペースがない。常に緊張しているからだろう。
実家ではゆったりとした時間が流れる。今日はご飯も作らなくても母親が作ってくれるし、洗濯もしなくていいし、ゴロゴロしていても誰も何も言わない。そう思っていると、施設の彼らの事を思い出してしょうがなかった。彼らの生活スタイルは自分で決めるものじゃなく、施設が決める。時間通りにレシピに書いた通りに行動する。おそらくブレない生活スタイル。彼らにとって自由を得るのは社会人になってからだ。おそらく一般人より社会欲は大きいだろう。早く一人前になって社会へ出て自由を勝ち取りたいことだろう。
頭が良い子もスポーツ万能な子もすごく優しい子もそれぞれがそれぞれの個性を出していわゆる全般的に普通に生活をしている。ただ親がいないというだけ?いやそれだけじゃ無いだろうけど。苦労は計り知れない。僕みたいなたかだか1週間だけの付き合いの実習生に何が分かるというのか。
色々考えていると、母親が近くに来て「どう?実習先は?」と聞いてきた。僕は丁度いい、と思い実習二日目の夜の出来事を聞いてみた。
母親は実習先と同じ町の出。地域には詳しい。
母:うん。その子が言ってるのは正しいわね。
あそこはその子が言う通り昔はお寺だった。
今の施設を建てる為にお寺をやめたはず。
やはりそうだったのか。僕が夜聞いた音はそこに昔住んでいたお坊さんだったのだ。
初めて聞いた時は異様だったが、今こうして皆から聞いてみると、なんだか納得できてスッキリした。
次の朝施設に舞い戻ると玄関先で小さな子供達が僕のバイクの音を聞いて出迎えてくれた。なんだよ感動的じゃないか。こんなお出迎えをされたのは今思う限りこの時一度だけだ。ほんと人懐っこく人との絆を大事にする子供達だ。
木曜日からはじまった実習も今日で四日目。人懐っこい彼彼女らに会えるのもあと数日となってしまった。
いつも思う。”何事も始まる時は道は長く感じられ、終わる時は道は短く感じられる。”正にそうだ。
一日ぶりに彼彼女らと再会し、遊んだ夜は
また暑く寝苦しい夜だった。
夜に目を覚ます。おそるおそる時計に目をやる。まただ。深夜2時。。
今度はなんだと身構えながら気配を察知しようとする。頭の上の窓からは何も音がしない。そう意識を窓の方から逸らしたぐらいのタイミングで彼?はやってきた。。
「ぺたっっ、、(間)ぺたっっ、、(間)ぺたっっっ、、」
ゆっくりとコンクリートの冷たい地面に張り付きながら歩く音。それは見回り施設員の音では全くないのは直ぐに分かった。。
「ぺたっっ、、ぺたっっ、、」非常にゆっくりだ。それは玄関側から奥の広い部屋へと歩くルート。そして奥の部屋へと行く為には僕らの部屋をとおる、
とおる?
まじか、
まじだ?
「ぺたっっ、、(間)ぺたっっ、、(間)ぺたっつ、、」
3歩で1歩?
みたいな
3歩ずつじっくり僕らの部屋へ近づいてくる。。
「ぺたっっ、、(間)へたっ。。。」
僕:”ギギ…”(声が出ないように歯を噛み合わせる)
彼?はまさかの僕らの部屋の入り口を通り過ぎずに彼?の脚はマジかよのタイミングで僕らの部屋の前で立ち止まった。
おそらく彼?の脚は大きな部屋側へ向いている。おそらく彼?の顔だけはこっちに睨みを効かしている。いやいや見てる絶対、、視線をバリバリに効かせているのがハッキリ目をギュッと瞑っていてもわかる、わかる。。
僕が知らないふりをしていると
彼の脚は大きな部屋の方向へと向かっているその脚が今度は僕ら部屋の入り口から僕のベッド側へと脚を揃えて向きを変えてきた。そう。まさかの向きを変えてきた。それは目をギュッと瞑っていてもわかった。わかった。こわいこわい。
それは脚の向きを変えてこちらへ正面を向けた時同時におこった。おこった。
一瞬のうちに僕が寝ている真上に彼?は一瞬のうちに移動し僕の寝ている顔面、真正面に僕を覆うように被さるようにジッ。。と睨みを効かす。。そう微動たりとも動かない僕らは顔面同士を突き合わせ彼?はジッ。。と微動だにもしない。。
僕は怖くていやもやはり覚悟を決めて息をひそめる。”一体なんなんだ、このやろう、、”これは?彼?は一体なんなんだ、、”
こんな事は二度とないだろう。人間ではないのはわかる。ちゃんと彼?をみてやろう。
そう思って少し、すこし、、目を、、あけた、、
よく覚えていない。がしかし、
一頭身のでかい頭にほぼ顔面全体を占めるひとつ目。口は有り細長い舌で舌なめずりをする。
僕に覆い被さったつもりが重さは感じられず身体は金縛りになっていただけだった。
子供達が言う”青い?”はよくわからなかった。そう色の認識はない。だが形カタチだけはなんとなく覚えている。
こんな風に彼?はたまに子供達の前に現れ身体に覆い被さり顔面を突き合わせて一人一人を見守っているというのか。。。なんという。。そしてここは一体、この場所は一体。。不思議でならない。
そういう聖域なのだろう。
僕ら外部の
たまたま1週間の
外部の人間が入り込んだことをちゃんとチェックしに現れる。
それはここの施設に入る前の門番による持ち物検査のような計らいなのだ。
あのぺたっっ、、は怖かったし、
うちらの部屋の前でまさかの脚が止まった瞬間、、といったらビビリの僕にとってはジェットコースターで駆け降りる瞬間より倍の倍も怖い経験だった。
しかし、坊さんにしろ、彼?にしろ、結局は悪さはされなかった。いたずらも。
それはやはりこの実習先を訪れるものにとって「宜しく頼むぞ。ここはそういう所。勝手に部外者に荒らされては子供達が可哀想だ」と知らせ。のようなものだったのかもしれない。
施設の彼彼女らはそれだけ色んな人に大事にされ、心配されているのかもしれない。
僕はその日彼?が訪れた日の朝起きて子供達と朝食を静かに食べながらそう思った。
この子らを無事社会に出す。
それまでがここの施設の使命である。
実習最終日。ぼぼ施設員、施設指導員皆んなが玄関先出見送ってくれた。感動的な一場面。
1週間の実習は社会の事故はふとしたきっかけでこのような子供達を作ってしまう残酷さとそれでも逞しく育ち生きていく若い前向きな偉大な力を知る大事なきっかけになった。
そして妖怪の存在も今46歳になった今でも僕は過去の出来事から、信じ今も生活している。
この実習後に
僕はこの施設から”ぜひ働いてほしい”と勧誘のお声がかかったが、しばらく考えて断った。そして大学で選考していた児童福祉の道もこの実習を踏まえて辞めるきっかけになった。なぜか?
僕にはとっても重い使命だと察したからだ。
子供達を一身一体となり育てていくのは僕は感情移入しすぎる。おそらく身が持たない。
一人前に子供育てるやりがいよりも自分を守る事を選んだのだ。
今でもたまにあの時の決断で良かったのか迷う事がある。けれど自分を守る為に中途半端な気持ちで彼ら彼女らと生活は出来なかった。
突然の真夜中2時に現れた彼?が突きつけた大きな目は僕にそういったことを、、突きつけてきたような気がしてならないからだ。
それは今子供を持つ親としても考えは変わらない。
自分の子供ひとりでさえまともに育てあげれない自分だから。
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