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鑑定士S氏

私の職場にかつていた人の話をしようと思う。
もう10年近く前の話だ。
推定年齢65、筋骨隆々眼光鋭い武闘家でもあるS氏。
彼とは休憩時間によく話をした。
私は仕事柄刃物が好きでちょっと日本刀の話を振ったら、くるわくるわガチのネタが!
聞けば彼はとある協会に所属し、年に一度お披露目会に出場しているという。そこで漫画の世界と思っていた「真剣白刃取り」を大勢の前でお披露目するのだと言う。
私は正直真剣に考えてなく漫画の世界の事だと思っていたふしがありそれが伝わったのだろう
そりゃあなたみたいなシロート相手にやできん!
頭かち割れてお陀仏だわさ
とサラリと言う。
アレはな、渾身の力で刃を両の手のひらで受け
尚且つそのまま捻るようにして太刀筋を変え攻撃に転ずるまでが一連の動作だ!
その間合いを見切るのは互いにその技量が互角でなければならんのや
見てみろ

画素数の粗いガラケーを差し出す
そこには袴田姿のSさんとその相手役と思しき人が向かい合い、真剣を真上から振り下ろし一連の動きをやってのける動画が映し出されていてた。
おお!と思ったものの
それでもまだ私は疑い深く
コレって本当に真剣?
と聞くも答えずS氏は動画の続きを、ほれ!と顎で促す。
礼を一旦し終えたSさんはそのまま会場に設置された青竹を抜き身というのだろうか、鞘から抜くと同時に切り付け上段からの二振り、スッパスッパと藁に巻かれた竹をまるでまな板の上の竹輪のように鮮やかに切って見せる。
それを見て私は改めて日本刀のなせる技とそれを操る名手の鮮やかな芸術にも似た所作に魅了され、コレが武士道か!と感嘆した。
凄いじゃないですか!コレはマジですね!
いやぁ〜なんか疑って申し訳無かったです。と言うと機嫌をよくしたS氏は次々と私に画像を見せる。
コレがワシの所有する名刀じゃ!
2本持っとるんじゃ!
コレ見よ!
とその刀氏の名の入った剥き出しの刃の取って部分を見せてくれるのだけど画像が荒く何が何だかよくわからない。
やっぱこういうのは実物を見ないとね〜
なんていうと
S氏はあのな、ワシャ、シローとには現物を見せん。刃が傷むでな。
大体店にきて買う気もないのに見せてっていうやつはわかっとらん、手袋だけして顔をそのまま近づけてマジマジとみよる。これはアカンねん。
え?よく見たいなら自然とそうなるじゃないですか?と聞きくと
だからシロートは……
ええか、ちゃんとしたホンマもんの刀を見る時は息がかからないように手で口を覆うんや。
息を吹きかけるヤツはシロートだ。
なるほど!
今度もし機会があればそうしよう。
玄人っぽく振る舞える。
しかし刃のモンモンは美しい。
刃紋というやつだ
折り重なった鋼材の織りなす模様に魅入ってしまう。刀氏が鋼材を叩いて叩いて鍛えあげ入念な焼き入れを施し仕上げる。
私は刃物で有名な関市で行われる由緒正しい刀匠の儀式を見学した事があるがとても神聖だった。
白装束に身を包みふいごを使って加熱した鋼材を2人交互に叩き鍛えてゆく。まさに鍛造。
そうして織りなす鋼材は硬く粘り強く、靱性が高くなる。
S氏は自分の趣味が高じて骨董品屋を営むまでになるのだがその過程でやはり関市の刃物の研師に弟子入りし、あの日本刀独特の研ぎを習得したと言う。それは私の木型職人(正確には職人崩れ)からしても非常な高度な技だと感じ入ったものだ。
一般にいう鉋やノミは直線的に研ぐ。
一方日本刀はハマグリ刃と呼ばれその断面が曲面な為研ぐのが難しい。それをS氏は習得したのだ。
彼の終わりなき追求ロード精神に感嘆!
武闘家の彼はケンカができないという。
あぁ、それボクサーと一緒で拳が凶器になっちゃうってやつですよねと言うと
まあな、
でも道場破りにくるやつが後を経たんからもう大変でな
ちょ、ま、道場破りって?
マジですか?
何が?
なんか話が漫画チックで……
わしゃウソは言わん。昔道場を開いとって門下生も何人かいた。
その流派の名は失念しちゃったけど私はまゆつばだ。と言うかめっちゃ興味深々。
後ろからこうな、おそいかかってくるんじゃの
弱いから、不意をつくんじゃな、卑怯もんが
そんなやつにワシがやられるかっての!
もう、一連の動作で背負い投げして地面に叩きつけたあと顎に一撃、コレで終わりじゃ。
こう言う場合拳はいいらしい
相手は顎が外れてよだれをたらして涙も流す。

どうした?アンタ、ワシを取れると思ったか?
プルンプルンとダラダラになった顎を振る男
なんや情けないのう
はめて欲しいんか?
キャウン、とまるで犬のようにその時は頷くそうだ。
武闘家たるもの関節に詳しい。
修練中肩の脱臼なんかしょっちゅうで
ホレ、抜けたー。じゃ、ハメるか。と
何やら隠語が飛び交うもよう。
その時もその男はガギィンと顎をはめてやると
一目散に逃げていったと言う。
しかし正当防衛的な場合はこう言う対処でいいかもしれないがどうしても防ぎきれない場合もあるだろうにその場合どうするんだろと聞くと。
そんときゃワシャアバラを掴む。
で、これ以上手をかけさせるな、コレ引っ張ったら勝負着くよな?あ?
と耳元で囁くらしい。
私は想像した。
瞬時に間合いに入られ殴るでもなくみぞおち付近の一番下の肋骨の間に屈強な握力でもってその骨を掴むその様を。
ヒエっ!おっとろしい!
そもそも掴め無いって、無い無い……
私がそんな感じでいうものだから
S氏は、どれどれやってやろうかと
瞬殺にきた!
あああああ!!!!!
ギブ!ギブ!
もうそんなみぞおちをまさぐられた時点で終わってる。
この人は怖い。何がってこういうことを笑いながらやってのけるから。きっと何人も病院送りにして笑って見送ったんだろうなぁ。
もちろんそんな彼の事だから痛みにも強い。
昔は医者じゃなく獣医に診てもらったもんだとか言う。しかも麻酔をかけると治りが遅いからってんで「ナマでやっちぃくれい」と麻酔無しで接骨し裂けた肉を縫うと言う魔の修行の所業。
なので私は彼の苦悶の表情とか見た事無い。
戦国武将のような遠くを観る目か笑顔。
それしか無い。
そんな性格なので私とは気が合ったけど他の人とは反りが合わず結構自己中なところもあってか
そんな仕事はワシャできん!やめる!
と去っていきました。
人間味のあるとてもユニークな人だったなぁ。
また何処かでお会いしたら刃物の話で盛り上がりたい。
決して背後から声はかけませんのでその時はよろしくお願いします。

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