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【書評】錆と人間(ジョナサン・ウェルドマン著   築地書館) 

11代目伝蔵 書評100本勝負42本目
「善き書店員」を読み、紹介されていた本屋で一番心惹かれた熊本の長崎書店に行ってきました。興味を興味を持った理由は社長の「地域一番の本屋を目指す」という心意気と店の広さが100 m2で僕にとっては相性のよい?規模だったからです。長崎書店は市内中心部のアーケード街の一角にあり、おそらく市民にとって便利なところにあります。
 予想通り、魅力に溢れた書店でした。広いとは言えない規模ですが、書棚を工夫して配置することで一定数の量を確保すると同時に本を魅力的に見せる工夫されていてそのバランスが素晴らしいと思いました。店内に入ると入り口から一番近い場所は平置きスペースになっていて売れ筋の本が並んでいます。平置きスペースは同規模の書店と比較すると多めですが、導線を確保されているからなのか狭苦しい印象は与えません。特筆すべきは入り口右奥の書棚。熊本の本屋らしく、水俣関連の本が充実しています。そしてジャンルは緩やかにつながりながら人文系やサイエスの硬めの内容と思われる本が続いています。売れ筋の本とは言い難いけれど、「地域ナンバーワンの本屋」ならこれらの書棚は店員の腕の見せ所でしょう。結論から書けば、ここの書棚を中心に本代が3万近くになったので店員の目論見?に僕はマンマンとハマってしまったのでしょうね。

 さて「錆と人間」です。長崎書店でこの本を最初にカゴに入れた理由は学生時代住んでいたボロアパートの階段が文字通り錆で朽ち果てた経験があったから。階段の欄干が酸化して膨張していて、触れると手が真っ赤になる錆びていました。この経験があったので錆のメカニズムを科学的に知りたいと思い、まず本書をカゴの中に入れたのです。
 ところがページを開いてみるといい意味でその内容は裏切られました。錆のメカニズムを解説した科学書ではなく、題名にある通り錆をめぐる人間たちの言わば上質な物語でした。  
 著者はサイエンスジャーナリストで錆そのものにも興味があるようですが、それ以上に人間に興味があり、錆に関わる人物(生きているか死んでいるかに関わらず)取り上げていきます。さまざまな苦闘を資料や関係者への密着インタビュー、時には錆に関する?セミナーにも参加します。その手法はサイエンス的というより、すぐれてジャーナリスティックで、多くの章をまるで冒険譚を読むようにワクワクしながら読み進めることができました。
 本書は11章から構成されていて、いずれも錆が主題となっていますが、その内容は多岐に渡り、本書の副題にあるようにビール缶から戦艦に及びます。僕にとって一番面白かったのは第1章「手のかかる貴婦人ー自由の女神と錆」です。知ってました?ニューヨークにあるあの自由の女神がかつて錆だらけで、倒壊一歩手前だったことを。いや、びっくりして興奮しながら読み進めました。しかも自由の女神が錆だらけで倒壊寸前だったことは偶然判明しました。その経緯の詳細は省きますが、スリル満点です。
 紆余曲折を経て自由の女神は再生するわけですが、建国の象徴的な建物を倒壊寸前まで放置するのもアメリカ的ですし、一旦補修が決まると全米から寄付を募り、目標金額を遥かに上回る金額が集まるのもアメリカ的だと思いました。その際、総責任者になったのが、クライスラーを再生させたことで有名なアイアコッカであったことも本書から得た興味深い知見の一つでした。
 前述したように本書は錆に関わる人間たちの物語ですが、共通しているのはみな変人だということです。偏屈で、知識以上に経験を重視し、トライ&エラーを繰り返しても決してへこたれず、安易な妥協をしないため、廻りからは疎まれる人物です。身近にいたら迷惑な存在かもしれませんが、私たちは(少なくとも私は)彼らのようになれないからこそ、憧れる人物でもあります。彼らに焦点を当てることで、本書を単なるサイエンス本ではなく、人間味溢れる物語となったのです。途中安易でタイプカリーな社会批判が散りばめらるという欠点はありますが、エンターメントの要素もあり、文明が鉄と共に発展してきたをことを考え合わせるとき、人類の歴史は錆との戦いの歴史でもあると思わされました。

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