クリストファー・コロンブスを起点に歴史の広がりを考える

クリストファー・コロンブスと言えば誰もが知る「欧州人で初めてアメリカ大陸に到達した人」だ。いつこの知識を得たのか覚えていない。小学生ぐらいの頃にコロンブスの卵の説話を聞いた気がする。ともかく歴史上の偉人としてトップクラスに有名なことは間違いないだろう。今回はコロンブスの偉業を起点にして「なぜそんなことをしたのか?」逆に「なぜこれをしなかったのか?」という問の立て方から歴史の広げ方考えていく。

まず「なぜそんなことをしたのか?」つまり「なぜコロンブスはアメリカ大陸に渡ったのか?」だ。単純かつ明快な問いだ。知識があれば「胡椒を求めるためにインドに行こうとしたが結果としてアメリカ大陸にたどり着いた(なぜなら当時はアメリカ大陸の存在をコロンブスは知らなかったから)」という回答が可能だ。しかし知識があるからこそここで終わってしまいがちだ。しかし問の発展はここからだ。

「なぜ胡椒を求めていたのか」
「海を渡ってインドを目指す程の価値があったのか」
「コロンブスの他にはチャレンジャーはいなかったのか」
「どれぐらいの日数がかかったのか」
「どんな船で渡ったのか」

問いはいくらでも立てることができる。もしもコロンブスについて「初めてアメリカ大陸に渡った人」という意識だけで終わっているとただ暗記するだけの無味乾燥な知識になってしまう。しかしそこから問いをたて発展させていくことで世界が広がっていく。そこにこそ歴史を学ぶ意義があると私は思う。

例えば「なぜ胡椒を求めていたのか」に対し「肉を食べるときに胡椒があると美味しくなったから」と単純に回答することができる。しかし納得いくだろうか?誰も行ったことのない海を命懸けで渡るに値するほどの価値が胡椒にあるのだろうか?実際にコロンブスは行ったのだから命をかける価値があったのだろう。胡椒は当時の欧州でそれほど高価なものとして扱われていたのだろう。現代の感覚からすれば不思議だ。私たちはここからモノの価値が時代によって大きく変わることを学ぶこともできるし、食という文化が人類にとってどれほど重要かという認識を教わることもできる。問いはいくらでも立てることが可能だし、その先から何を学ぶかもいくらでも広げることができる。

次に「なぜこれをしなかったのか?」だ。この方向の問の立て方は難易度が上がる。「なぜそれをしたのか?」は簡単だ。なぜなら見えているから。しかし「しなかったのか?」は想像力をはたらかせて選ばれなかった選択肢を見つけなければならない分難しい。

「なぜ陸路でインドを目指さなかったのか」
「コロンブスよりも前に大西洋を横断しようとした人はいなかったのか」
「なぜ希望峰経由を目指さなかったのか」
「アメリカ大陸から欧州には渡ってこなかったのか」

選択しなかったことに目を向けるとそちらの方にこそ本質が隠れている場合は多い。陸路を選択しなかったのは「欧州とインドの間にオスマントルコ帝国が強国として存在していて簡単に胡椒を運ぶことができなかったから」簡単にはこのような回答になる。この単純な答えひとつとっても世界地図の中の欧州とインド、そしてオスマントルコ帝国の位置を理解することができる。またそこから現在のトルコの位置も大まかにわかるだろう。そしてコロンブスが活躍した大航海時代とオスマントルコ帝国が発展した時代がリンクする。それぞれが独立した知識として認識していたものが、実は関係しあっていることが理解できれば覚えるという点においても、そして物事の理解度という点においてもレベルが一つ上がる。例えばオスマントルコ帝国が強かったからインドまでの陸路を確保できなかったのであれば、その後の歴史で陸路を確保できるようになった時点でオスマントルコ帝国の衰退も想像できるようになるわけだ。

問いをたてそれに対して答えを求めていく工程には終わりがない。時間が有限である以上は私たちは無限に問いをおい続けることができないのでどこかで止める必要が出てくる。しかし一番最初の知識のみでストップしていたらいつまで経ってもそれぞれの事象がただ独立しているだけのつまらないものにしかならない。あらゆる分野、あらゆる領域を超えて知識と知識を繋げていくことに学びの興奮はある。だからこそ問いを立てる行為は重要だと私は思う。

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